無限の現代神話

□十七話
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*


「鈴坂…鈴坂…!」

物思いにふけっていたかなたに誰かが声をかける。

「な…何」

少し不機嫌そうに振り返り、相手の顔を見る。

「…呼び出したのはお前だが?」

不機嫌そうな顔の蒼刃宗近がそこにいる。

「そ、そだった」

かなたは彼を呼び出したことを思い出し、これからする話に少し不安を覚えた。
どう切り出そうか迷った末、どうせ何の話だかわかるだろうとまるで前回の話の続きをするように話し出した。

「陽菜子のこと…止められないよね。約束破ったの陽菜子だけど、許しちゃうよ。あんな楽しみにパンフ見てたら」

かなたは陽菜子の家に見舞いに行ったことを思い出した。ある女子高のパンフレットと見学会のチラシ。陽菜子は見学会を楽しみにしているようだったのだ。
三人は以前に帝青高校へ行こうと約束していたが、陽菜子が裏切ったような形になってしまっていた。

「俺は行かせないつもりだ」

寡黙な宗近が口を開く。

「…え?」

二人とも柵に体を預ける形で会話をする。
夕焼けの空が二人を赤く染める。

「あそこは所謂お嬢様学校だ。いじめの噂も上下関係が厳しいことも知ってるだろ。きっと今より酷いいじめを受けるだろう。陽菜子のあの性格じゃ友達すらできない。…陽菜子は…普通じゃない」

かなたは宗近の言葉に少し引く。
確かにあの高校はお嬢様学校であり、上下関係が厳しくいじめもあるという噂だった。それに陽菜子の性格がきつく、同性から好かれるようなものではなかった。

「なっ…!なんでそこまで言うわけ?普通じゃないとか」

「お前にはわからんだろうな」

かなたの足元には無造作に置かれたカバンがある。宗近はそれをちらっと見た。
開いたカバンから見える数冊の参考書や問題集はかなたが慌てて購入したものだった。宗近はそれを見抜いた。

「言っておくが、お前じゃついていけないぞ。帝青より偏差値は高い。陽菜子は余裕だろうがお前じゃ無理だ。家族には話したか?お嬢様学校なんだ。学費は馬鹿にならない」

「うっ……べ、勉強すればいけるかもじゃん。…お金だってバイトすれば…。ア、アンタ女じゃないからって、受験できないからって嫉妬してんでしょ?」

「…どうかな。ちなみにバイトは校則で禁止になっている。…そんなことも知らないのか?」

かなたは思い立って宗近の前に立つ。

「うるさい!陽菜子はアタシが助けるから」

宗近はかなたの言葉を無責任に思い、少し気に障った。

「…お前に陽菜子は守れない」

「なんでそう言い切れるの?」

「何も知らないからだ」

「幼馴染だからって…付き合い長いからって偉そうにすんな!」

「…お前は弱い。俺に勝ってからそんな口を聞くんだな。俺に勝てないなら陽菜子は守れない」

「ぐぬぬぬぬぬ…」

「話はそれだけか?お前と話してると馬鹿がうつりそうだ」

そう言われたかなたの顔は悔しさで真っ赤になった。真っ赤な顔で宗近を睨むが、そんなかなたを置いて宗近は颯爽と屋上を去る。
バタンとしまった屋上のドアをしばらく睨むがなんだか疲れて肩の力を抜いた。

柵の下を覗くと、まだ陽菜子は走っている。
先生にいじめだと悟られないようなギリギリの罵倒を続ける先輩をよそに懸命に走っている。
かなたは何かを決意し、参考書がたくさん入った重いカバンを背負った。


*


他の部員が申し訳程度に片付けたふりをして帰っていった後、陽菜子は一人で片付けをしていた。
片付けと着替えをやっと終え、カバンを抱えて部室を出るために戸を開けた。
戸の前には少年が立って待っていた。
見知らぬその姿を陽菜子は怪訝そうに見つめる。
少年は陽菜子をじっとみつめ、少し赤い顔で言った。

「好野さん…あなたが好きです。付き合ってください」

陽菜子はうんざりしたような顔で少年の横を通り抜ける。

「…私のこと…何も知らないくせに」

「え?よ、好野さん!待って!」

陽菜子は一度だけ立ち止まる。

「あなたは表面の私を知ってるだけ。私の中身なんか…好きじゃないのよ」

そう言って、足早に去っていく。
少年は去っていく華奢な背中に「まいったな」と呟いた。

陽菜子はなんだか不機嫌そうに眉間に皺を寄せながら校門の前へ出る。
しかしそこに見慣れた二つの影はない。

「あれ…二人ともいない」

きょろきょろと見渡し、宗近とかなたの姿を探すがいない。
いるのはそうして一人で待ちぼうけしている彼女の姿を笑う女子生徒たちだけだった。
陽菜子をくすくす笑い、ひそひそと耳打ちをし合っている。
なによ、と陽菜子が視線を向けると女子生徒たちは顔を見合わせてニヤニヤと笑い陽菜子に言った。

「さっき蒼刃くんと鈴坂さん屋上にいたよー。しかも二人っきり」

「もう帰っちゃったみたいだけど好野さん置いていかれたんじゃないの?」

「好野さんザンネーン」

「きゃははは」

言い逃げるように女子生徒たちは陽菜子から離れていく。取り残された陽菜子は何とも思っていないような表情で一人、家へ向かった。
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