無限の現代神話

□十七話
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*


「夕(ゆう)ちゃん。絵、上手いんだね」

夕と呼ばれる三つ編みの少女はその声に顔を上げた。
軍服のような制服を着た女子が目の前にいる。夕もまた同じ服を着ている。
オセアノスの施設の一室は大学の講義室のように広く部屋に規則的な段差があった。
その部屋に夕と、夕に話しかける少女の二人しかいない。
その時は授業が終わった後だった。
夕に話しかける少女は夕が机に広げているプリントの余白に書いたスケッチを指さした。

「それは鷹?トンビかな?私鳥詳しくないからわからないけど、すごく上手いね。スケッチが得意なんだ?」

そう話しかけられているが夕は無言で俯いている。
夕の机の前に立つ少女は椅子に座る夕を見下すような目で見た。

「ねぇ、なんで夕ちゃんだけ寮個室なのかな?成績いいから?」

今度はしゃがみ、目線を合わせるように話しかける。
しかし夕は俯いて目を逸らしたまま青ざめて答えない。
夕に話しかける少女は冷ややかな視線を夕に向けた。

「…変な子。ほんと気味悪い」

そう言って立ち上がると、今度はニヤリと笑って夕のプリントを取り上げて裏を見た。
裏には人間のスケッチがあった。

「ねぇ、これなに」

「あっ、あっ、返して」

立ち上がりプリントを取り返そうとする夕。
しかし遠ざけられて取り返すのは不可能だった。

「あー触んな触んな。汚い。アマテラス…スサノオ。神話?人の似顔絵みたいだけど」

「…返して」

少女は夕の表情をチラっと見る。そしてあざ笑うような顔をして馬鹿にする。

「なんか不気味だね。裸んぼだしマネキンみたいな顔。人間はあまり得意じゃないんだ?」

夕は立ったまま俯いてぶつぶつと何かを呟きだす。

「夕ちゃん?」

そう彼女の名前を呼んだ瞬間夕は少女に掴みかかった。

「返せ…返せ!」

「きゃー!教官!」

少女は髪を強く引っ張られながら助けを呼ぶ。

「やめろ!花園!」

しかし助けが来る頃には夕の右ストレートが少女の顔面に入った。
二人は教官の手によって引きはがされ、暴れる夕は大人二人がかりで連れていかれた。


*


夕は古いパイプのベッドに寝転がり、部屋の窓から外を呆然と眺めている。
謹慎を言い渡された夕は自室で頭を冷やすように言われたのだ。

「…くだらない」

そう言って目を瞑る。
すると世界は真っ白になった。目の前に顔も髪も睫毛も何もかも白い人間が膝を抱えて座っている。

「そう思わない?」

今度はその誰かに問う。
だが目の前の人は何も答えない。微動だにせず一点を見つめている。抜け殻だ。

「聞こえるわけないか」

そう呟いて瞬きをして現実に戻る。
窓から入る夕焼けに染まった赤い部屋。
小さな本棚にはシンデレラや白雪姫などお姫様物の作品が並んでいる。
机の上には先が丸くなった鉛筆とコピー紙と鳥のスケッチ。

夕は仰向けになって窓の外をまだ眺めている。
空を泳ぐように飛ぶ鳥を目で追った。
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