無限の現代神話

□壱話
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「合格発表を思い出すわね」

隣で陽菜子が呟く。
目の前の掲示板には高一最後の学年成績の結果が表示されていた。
去年と変わらず、俺も陽菜子も壱位。

任務はこなせど相変わらず中学時代からのサボり癖のせいで評価が下がっていたはずが、実技試験、任務実績のおかげで大幅にプラスになったらしい。筆記試験のみの評価なら壱位は無理だっただろう。

「今年も私の言う通りだったでしょ」

掲示板を見上げながら得意げに笑った陽菜子の横顔の黄金比に見惚れながらあの日を思い出す。
あの日からもう一年経ってしまったが、成長した実感はそれほどない。

「ん…?」

ふと何者かの視線を感じて振り返った。
校内の桜並木の影に紛れて佇む男がいる。
鼠色のパーカーの上に学ランを着ているが、ボタンでわかる。あれは帝青学園の制服ではない。
フードと前髪で隠れているが、確かにこちら側を見ている。

俺が睨むと男は突然吹き出してせせら笑うような仕草をした。
不快だ。校内でなければ刀を抜くところだが…。

「ちょっと!宗近どうしたの?」

「…すまない」

「ほら、ボーっとしないの。シャンとなさい。今年はあんまり授業サボっちゃダメよ!油断してるとすぐ追い抜かれるんだから!」

「あぁ…」

陽菜子の説教から顔をそらして、男がいた方を再度確認する。
さっきいたはずの男はもういなくなっていた。


*


午後七時、俺は鞘に納めた一口の刀を携えて陽菜子の家の前で待っていた。
到着してから暫くして玄関の扉が開いて制服姿の陽菜子が出てくる。

「お・ま・た・せ」

上機嫌で出て来た陽菜子に白い目を向けた。
外で妙に悩ましい声を出すのはやめてほしい。

「さ、行きましょ」

「…今日はギルドの方に行かなくてよかったのか?」

「今日はあなたと一緒がいいの」

やけに機嫌がいい陽菜子と共に月明かりと街頭に照らされた道を歩き始めた。

陽菜子の異形者鎮圧活動のほとんどは「くノ一ギルド」で同級生の鈴坂(すずさか)かなたとギルドメンバーで行っている。
俺は家の道場所属だから基本は一人だが、こうして陽菜子と共に夜道を歩くことも多々あった。鈴坂はこれを良く思っていないようだが。

元々子供の頃からどこへ行くのにも付きまとってきたのは陽菜子の方なのにいつしか隣にいるのが当たり前になっていた。
さすがにここまで付き合いが長くなってしまうと、陽菜子がいないと落ち着かない。
鈴坂には悪いがこれは仕方のないことだ。

昔のことを漠然と考えながら歩いていると何かの気配を感じた。
横で陽菜子も何かを感じたようで、二人同時に後ろへ振り向く。
そこにいたのは校内で見た学ランの下に鼠色のパーカーを着た男だった。

「夜分遅くにご苦労様…お二人さん」

俺は男がそう言って怪しく笑ったのを見て刀をいつでも抜けるように構えた。横で陽菜子も身構えている。

「二人とも警戒心が強いなぁ…まだ何もしてないんだけど…」

そう言って男はまた笑う。

「でも、"さすが"というところかな。そうじゃなきゃ僕は君を選ばなかった」

男は粒子のような妖力を身体に纏い始めた。彼の周りを飛び回る粒子は勢いを増し、黒い靄で姿がほとんど見えなくなるほどになっていく。

「宗近くん、やっと君と対等に渡り合える…」

男は右手を前に伸ばす。

「長い悪夢に終止符を打つんだ!」

その言葉が吐かれた瞬間、男が何かを振り払うような動作をした。すると周りを走っていた粒子たちが蹄鉄のような形を作り、いくつかこちらへ向かってきた。

「陽菜子!下がってろ!」

陽菜子を後ろへやって男が投げる黒い物質を抜刀と共に払いのける。
黒い物質は金属のような音を立てて地面へ転がった。

硬い。払った時も金属のような手ごたえを感じた。
妖力を具現化したものをここまで硬くできるのか?

払いのけた塊たちは消滅せず形を残したままいつまでも地面に転がっていた。

「…クソ」

男は俺を睨んで舌打ちをした。
今のでこいつは普通の異形者ではないと確信したが…。

「これが"対等"か?俺の力を見誤るな。これ以上俺に牙を剥くのなら…容赦はしない」

剣先を男に向け、霞の構えをとる。
拳を震わせて苛立ちを隠せていない男は俺の方へ一歩前へ出ようとして何かに気が付いたように足元を見た。

「ん…!なるほど…卑怯なことするんだね」

「お前が気づかなかっただけだ」

男は陽菜子が妖力で紡いだ糸に固定され、身動きが取れなくなっていた。
彼の足元を縛る糸は細く赤く光り、陽菜子の指先まで繋がっている。
妖力の扱いに長けている陽菜子には容易い技だ。

「見くびらないでよね。べーだ」

俺の少し後ろで男を挑発する陽菜子。
男は短くため息をついてから俯いて何度か頷いた。

「まあいい。最後にお土産だよ。…受け取って」

男はどこからともなく低クラスの異形者を呼び寄せた。そして男は霧のようになって消えてしまった。
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