無限の現代神話

□弐話
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目の前に肌も髪も真っ白な子供二人の後ろ姿がある。
一人は髪の短い少年、もう一人は髪が腰あたりまで伸びている少女。

二人は海に足をつけて水平線から昇ってくる日の出を見ている。
踝あたりにある水面が黄金色を映している。

非現実的な映像が、ここが夢の中なんだとわからせてくれる。
不思議な感覚だ。
とても綺麗な光景なのに、なぜかすべて無くなってしまったかのような寂しさと罪悪感をじわじわと感じていた。

途端に身体が重くなった。何者かの小さな息が顔に当たり、紙やすりで削られるような痛みが走った。

「ん…。や、やめろ…」

目を覚ますと家で飼っている三毛猫の玉代が上に乗っかって俺の口元を舐めていた。
俺が起きるのを確認すると短く鳴いて上から降りる。

「ありがと…」

起こしてくれた玉代の綺麗な三色の毛を撫でる。
玉代はいつも目覚ましが鳴る十分前に起こしてくれる出来た猫だ。

身体を起こしてさっき見た夢を思い出す。
何度も見る気味の悪い夢だ。
初めて見たときは何かの本の影響を受けてしまったのかと思ったが、何度も繰り返し見るようになり、最近になってその頻度は増した。

溜息をついて布団から出ようとすると玉代が膝の上に乗ってきた。

「な、なんだ…?」

玉代は咥えていた何かを吐きだして満足そうな表情をした。

ムカデだ。
足がいっぱい生えてる。気味の悪い。存在価値が全くない。汚らわしい。気持ち悪い。寒気がする。
しかも、玉代は獲物を咥えてた口で俺の口元をぺろぺろと…。

「ひ、ひゃああああああ!!!」

俺は耐えきれなかった。
女のような悲鳴が響いた。

やかましい、と怒鳴る親父の声も響いた。


*


「最近の陽菜子くんの様子はどうかな?」

目の前に座る軍服を着た女性が問う。
女性の名は御影・L・ベンガル。オセアノスの司令官だ。
金色の髪を後ろで綺麗に纏めている白人のような綺麗な顔立ちをしている。

オセアノスは数あるギルドの中でも絶大な力を持っている軍隊だ。
広い敷地内では若い兵士たちがグラウンドを駆けまわっている。室内でも掛け声が良く聞こえる。

「…恙無く」

司令官の問いに短く答えて、差し出されたコーヒーを一口飲んだ。上質な味がする。

「ふん、そうか。…早速本題に入るが、アイツに会ったね?昨夜、陽菜子くんが報告書を転送してくれたよ。一年前からウチの隊員や他の異形者鎮圧部隊も被害にあっててね。てっきり花園の仕業かと思っていたんだが…不審死はすべて黒蜂の仕業だろう」

オセアノスの司令官は力強い口調で続ける。

「君には黒蜂の保護に協力してほしい。黒蜂がもし花園や陽菜子くんのような力があるとしたら大変なことになる。報告によれば彼は君に負けて精神的に不安定な状況にあるはずだ」

昨夜、黒蜂のちんけなプライドを傷つけてしまったことを思い出した。
あの様子だとストレス耐性は低いだろうな。昨夜の出来事だけで相当苛立っているだろう。
ついでだが花園の近状を聞いてみるか。

「…花園の様子は?」

「あれから嵐も竜巻もない。花園の場合、ああ見えて安定しているからな。…とはいえ、これ以上放置するのもよくないんだが」

花園は強いショックを受けると風を呼び寄せる力を発揮させるらしい。
さすがに妖力だけではそんなことはできない。
妖力は異形者を退治するためのエネルギーのようなものだ。異形者は人の形をした性質の悪い妖力の塊のようなものだが、毒を以て毒を制するやり方で何年も前から退治してきた。
所詮、力を増長させるような効果ぐらいしかないのに何もない場所から風を発生させることは不可能だ。
こんなふざけたことができる花園は何者かに選ばれた特別な人間としか思えない。

俺が花園に初めて会ったのは高一の夏。一人で夜出歩いていた時だった。
怪我をした花園が異形者に囲まれているところを助太刀し、腕から出血していたのを手当てしてやったくらいだった。
まさか翌日にオセアノスから脱走した隊員ということを知るとは思わなかった。

俺が黙り込んでいると司令官は口を開いた。

「花園は不当な実験を受けた被害者だが、こんなに暴れられては困る。異形者に飽き足らず鎮圧部隊に手を出したことは到底許されることではない。境遇が境遇だからある程度の尻拭いはしてやったが、もううちでは手に負えん」

花園がこれ以上危険な行為を行えば、同じ能力者の陽菜子も危険人物として施設に閉じ込められる可能性がある。今の時点でも定期的に検査をしてデータを取られているというのに…。
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