無限の現代神話
□弐話
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「もし黒蜂が花園と接触したら面倒だ。花園は異形者を使ったストレス発散に飽きている頃だ。黒蜂はまだよくわからん奴だが…挑発に乗ってしまうかもしれん。力を持つ者同士が喧嘩でもすれば街は滅茶苦茶になるだろう」
まだ話し続ける司令官の話を聞きながらコーヒーを飲んだ。
「花園や陽菜子くんの力はまだ解明されていないことが多い。今のところ自身でコントロールは不可能。詳しく研究して訓練をすればコントロールができるようになるかもしれないが…おっと!そんな怖い顔しないでくれ。陽菜子くんを実験に使ったりはしないよ。そんなことしたら君に殺されちゃうからね」
俺はオセアノスを完全には信用できない。
陽菜子が事件に巻き込まれて力を発揮してしまったときに世話になったが、不安は拭えない。
そういえば俺がこうしている間、陽菜子は検査を受けているんだった。
「…話はそれだけですか。僕はこれで」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ!」
高そうなソファーから立ち上がると司令官は慌てて俺を止めた。
「その…えっと…銃に興味はないか?」
司令官は急に目を輝かせ、俺に迫った。
「…は?」
「そうか、君は剣道道場の息子さんだったね。銃より刀の方が好きかな?でも…銃はいいぞ?うちの隊に入ればアサルトライフルにマシンガンにショットガンも触れるぞ?軍服も魅力的だろ?ぜひうちの隊に来てくれないか?道場と掛け持ちしても問題ないだろ?なぁ?」
司令官の目の輝きは増していく。
どこからともなく出してきた武器を目の前に広げ、それぞれの銃の知識を熱く語り出した。
「…失礼します」
俺は鞄を手にそそくさと部屋を出た。。
待ってくれ、と閉めた扉の向こうで聞こえる声を無視し、建物の入り口まで足早に向かうと陽菜子が待っていた。
「遅かったじゃない」
「…すまない」
今朝の虫といい、黒蜂のことといい、オセアノスの司令官からのしつこい勧誘といい、頭が痛い。
「なんだが朝から顔色が悪いわよ?…元気出して」
油断していたら頬に陽菜子の唇が当たった。
「お、おい」
「あ、赤くなった。うふふ」
建物内の人々からの視線を感じる。
陽菜子は帰国子女だからなのかスキンシップに躊躇いも恥じらいもない。
人前で唇にされないだけマシか。
「…帰るぞ」
「あ、置いてかないでー」
さっさと門をくぐり抜けてバス停へと歩く。
陽菜子は慣れない街をキョロキョロと目移りしながら歩いている。
陽菜子に合わせて歩いていたら暗くなってしまう。
「ねぇ、せっかく来たんだしちょっと遊びましょ?」
後ろから陽菜子が俺を呼び止める。
俺はため息をついて振り向いた。
「遊びに来たんじゃないんだぞ」
「ちょっとだけー」
「駄目だ」
陽菜子はぷくーっと頬を膨らませて俺を睨んだ。
「そんな顔をしても駄目だ。…疲れているんだ。わかるだろ。お前はストレスチェックと心理検査を受けただけだろうが俺はオセアノスの司令官と話してたんだぞ」
「ねぇ、あそこにゲーセンがあるわ」
話を聞け。
「ゲーセンがあるわ…」
二度も言わなくていい。
「ねぇったら」
陽菜子が上目遣いで俺を見る。
あぁ、今財布にいくら入っているだろうか。
「はぁ…少しだけだぞ」
「やったー!」
喜ぶ陽菜子を尻目に一昔前の雰囲気が漂うゲームセンターへ入った。
そういえば、俺にこういう遊びを教えたのは陽菜子だったな。
陽菜子に出会う前は学校と塾と家を往復するだけの生活だった。文武両道を徹底されて学業も剣道も、と過度な期待をされて途中で反発してしまった。
アニメも見たことないしゲームも買ってもらった覚えはない。趣味は読書くらいしかなかった。
そんな俺に陽菜子は遊びを教えてくれた。
陽菜子と遊んでいる時だけ嫌なことは何もかも忘れられた。この瞬間だけ永遠の時を感じられる。
陽菜子はガンシューティングのアーケードゲームの前に立ち、ニコニコして俺に手招きをした。
俺は誘われるままに陽菜子の傍へ行った。