無限の現代神話

□参話
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「おい、君ってまさか…」

少年は喉まで出かかった名を口にしようとしたが飲み込んだ。突然のことで身動きが取れずにいる。
少年の目の前には華奢な少女が狂犬のような眼で少年を睨んでいた。

「…せっかく人が気持ちよく狩りしてんのによぉ…」

少女は低い声でブツブツと呟く。少年の脇のすぐ横にはチェーンソーが後ろの塀に刺さったまま。

「邪魔すんじゃねーよ!」

怒号と共にチェーンソーが引き抜かれた。チェーンソーは再び大きい唸りを上げて振り下ろされる。
それを少年は間一髪で避けた。

「クソッ…なんだよ君…バケモノか?」

底知れぬ狂気に焦りを隠せない少年。その顔には汗が滴っていた。

「キャハハハハハハ!」

目の前の少女は恍惚として夜空へチェーンソーを掲げる。甲高い咆哮が響き渡った。
少年は今の状態で少女に声を掛けてしまったことを後悔した。先ほどの戦闘で消耗してしまっている。力の副作用が出ている状態では少女を殺せない。
そうこうしているうちに少女は少年に向ってチェーンソーを振り下ろす。
またも塀に痛々しい傷をつくっていった。

「避けたら当たんねーだろ雑魚!」

少女は食い込んでエンジンが止まってしまったチェーンソーを引く抜き、再度エンジンをかけた。
だがもう一度チェーンソーが唸りを上げることはなかった。

「ッチ。イカれちまった。さすがにコンクリはマズかったか。…まぁ、持った方だな。よっと…!」

少女は使い物にならなくなったチェーンソーを両手で持ち上げて少年に向って投げる。

「くっ…!」

少年は飛んできたチェーンソーを右腕で振り払うように跳ね返した。
圧倒的力で跳ね返されたチェーンソーは鈍い音を立てて地面へ転がった。
予想外の力量で跳ね返されたのを見て少女は眉を顰めた。

「何の手品を使った?」

少女の問いに少年は俯いたまま黙る。その腕は微かに震えていた。
少女は軍服を着たオセアノス隊員の死体のそばに落ちている9mm拳銃を二丁拾い、少年の頭に照準を合わせ、容赦ない攻撃を始めた。
少年は両腕を顔の前に持っていき、弾丸を受け止める。少年が受け止めた弾丸はぱらぱらと地面に転がった。

「なんだバケモンか」

少女は弾切れになった9mm拳銃を捨て、死体のそばに落ちているドイツ製のアサルトライフルを慣れた手つきで腰の位置に構えて引き金を引いた。
銃口から飛び出す弾丸が次々と少年に当たる。
少年は力の副作用にひたすら耐えていた。

「キャハハハハハ!楽しい…楽しい…!」

一向に弾切れを起こさない攻撃に少年は堪らなくなり、その場から駆け出す。
少女は少年を逃がさない。
アサルトライフルを構えたまま的を追い、周囲のあらゆる場所に穴をあけた。

「おいおい、どーした?押され気味じゃーん」

少女は弾丸をあるかぎり撃ち込む。
少年は逃げながら少女の腕前や身のこなしに関心した。――噂通り、さすがオセアノスの元隊員だ。

二人が駆けまわっているうちにアサルトライフルは弾切れになってしまった。
少年は少女の弾切れを確認して立ち止まった。
少年が着ていた衣類は腕の部分がボロボロになり、黒い光沢をもった腕が露わになっていた。
少年は少女の猛獣のような眼を見た。

「君、巷で噂の"花園さん"だろ?」

少女は舌打ちをして弾切れになったアサルトライフルを地面に叩きつけた。

「もう武器もないね…。ところで、僕たちのギルドに入ってくれないか。君の力をフルに活かして」

「うるせーよ」

少女は少年の言葉に被せて食い気味に言った。

「…僕は黒蜂という名を貰った。君もこっちに来たら名を貰える。過去を捨てるんだ」

「ダサ…」

少年は説得を続ける。

「もうじき地球は終わる。君もこっち側に来たら手取り早く終わるんだよ。君の力が必要なんだ」

返答を待っている少年を少女は睨んだ。
闇の中で鋭く光る瞳。
少年はその瞳に宗近と同じ物を感じた。
獲物を狩る鋭い瞳だ。

「私の中ではもう世界は終わってる。自分がくたばるまでの暇つぶしをしてるだけだ。世界がどうとか、お前がどうとか、アタシに関係ない。アタシは誰の駒にもならない」

少女はワンピースのスカートの中からナイフを出した。
少年は少女の底知れぬポテンシャルに息を呑んだ。
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