無限の現代神話
□陸話
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黒蜂と名付けられた少年は所属するギルドのアジトへ向かっていた。
洞窟のような暗い通路を壁伝いに歩く。
血で汚れた彼の姿はまるで下水道を這うネズミ。
少年は洞窟内の冷気を感じながら血で染まった自身の手のひらを見つめた。
後悔はしていないがもう後には戻れないという虚しさが彼を孤独の淵へと引きずっていく。
雨漏りでできた暗い水たまりに彼の疲れ切った顔が映る。
長い通路を辿ると、やがて少年は広い空間に出た。
そして暗闇に向って呼びかけ始める。
「カマキリ」
暗く広い空間に少年の声が響いた。
呼ばれた何者かはカチャカチャと音を立てながらやたら早口のダミ声で返事をした。
「ンン?何?また改造してほしいって?おいおい…つい最近してあげたばかりだろ?」
男はまるで少年の心を読んでいるようにダミ声で続ける。
「短期間で改造を続ければ身体に負担がかかる。君が殺したいという宗近くんとやらを殺す前に死ぬことになるよ」
見透かされた少年は舌打ちをした。
「ンン?」
「何でもないよ」
少年の投げやりな返事に、カチャカチャと鳴っていた物音が止まった。
ダミ声の男は少し考えて少年に言う。
「力で勝てないなら頭を使え。残念ながら君には生まれつき妖力を扱う才はほとんどない。もう改造しか頼るものがない状況さ」
「…僕にどうしろと」
「相手の弱みを握れ、精神的に追い込め。肉体を殺せなければ精神を殺せ」
「精神を殺す?」
「それが崩壊への近道さ」
「崩壊崩壊っていうけど…結局崩壊ってなんなのさ!」
少年の声が大きく響いて木霊する。
カマキリは説明に困って暫く黙った後に深く唸った。
「ウーン、頭の悪い君たちには理解できないことだ」
まるで馬鹿にするような口調を聞いて少年は憤慨した。
「はぁ!?僕は中学では学力はいつも三位内に入ってた!絶対に宗近くんより頭は良いね!あいつらに理解できなくても!僕には理解できる!」
顔を真っ赤にして怒っている少年にカマキリは彼を宥めるように指摘した。
「アーアーはいはい。君さぁ、そういうところだよ。ホント短気だね…高島くん」
ところがカマキリの発言がまた彼を刺激した。
「その名で呼ぶな!もういい!」
少年は黒く硬化させた拳を壁に打ち付ける。
少年の八つ当たりにより、洞窟は音を立てて揺れた。
驚いたカマキリは怒鳴り声を上げる。
「おい!誰が与えてやった力だと思ってる!」
しかしその怒鳴り声に誰も返事をしなかった。
「身バレするような行動はするなよ…って聞いてないか」
カマキリの最後の忠告は虚しく響いた。
少年は遠ざかるダミ声に舌打ちをする。
八つ当たりに使った硬化の副作用に少し顔を歪めながら、今すべきことを考え始めた。
「悔しいけどカマキリの言う通りにするしかない。…弱み、か。花園の情報なら…オセアノスのデータを漁ろうかな」
一人で呟いた後、彼は黒い霧となって姿を消した。
*
早朝。辺りは霧が晴れ始めていた。
「やめて…!」
三つ編みの少女は下腹部の痛みに耐え、声を振り絞る。
目の前に立ちはだかる巨漢から逃れる術はない。
少女はこちらに伸ばされる巨大な手のひらにギュッと目を閉じる。
少女の頭に諦めの文字が浮かんだとき、軽い発砲音が辺りに響いた。
巨漢の短い唸りを聞いて目を開くと、その巨体は鈍い音と共にゆっくりと後ろへ倒れた。
「はぁはぁ…はっ!」
少女は唖然とするが、大きな頭の額に空いた小さな穴を見つけて振り向いた。
聞き慣れた発砲音の答えがそこに立っていた。
「ただの不審者相手に何ボサっとしてたの?」
木陰から顔を出した黒蜂はニヤニヤと笑って言った。
その右手には銃声を抑えるサプレッサーが付いた銃を握っている。
少女はその銃がオセアノスが隊員に支給している銃だと一目でわかった。
「なんでお前が…」
「ざまあみろとは思ったけど、ここで君がつまらない死に方をするのは僕にとっても面白くない。いろいろ試したいこともあるし」
そう言って彼は純粋な笑顔を見せる。
やけに機嫌が良い黒蜂に少女は何かを疑った。
「気色悪い。…礼なんか意地でも言わねぇ」
「それでいいよ。…ところで君さぁ」