無限の現代神話

□陸話
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何かを企む黒蜂に花園は身構えた。

「さっき宗近くんと話してたよねぇ…もしかして仲良し?君がいなかったら殺そうと思ってたのに最後の弾はあの気持ち悪いオッサンに使っちゃった」

宗近の名を聞いて花園の全身に緊張が走る。
焦りのせいかコートの下は冷や汗で蒸れる。生唾を飲み込む。
どう答えようか少し迷った末、慎重に口を開いた。

「アイツを知らないわけが無ぇ。ここらじゃ有名だからな。アイツを殺すなんてやめとけ雑魚。そこらの不良よりタチわりぃぜ」

花園は冷静を取り繕う。
気味が悪いほど上機嫌な黒蜂から目が離せなくなっていた。

「おいおい見苦しいよ。ちゃんと質問に答えてよ。仲良しなのか、仲良しじゃないのか」

「関係ねぇだろ」

花園は鋭い目つきでニタニタと笑う少年を睨む。

「何ツンツンしてるのさ。宗近くんにはやけに素直だったのに」

少年の口からあの名が出るたびに少女は顔には出ないものの狼狽えた。
羞恥心に殺されぬよう、必死に表情を作る。

「仲良しなんかじゃねぇ…アイツに会ったのはこれで二回目だ」

「じゃあなんで宗近くんの言うこと聞くのかなー。君なら逆ギレしそうな状況だったのに」

少女の中の何かを探るように囃し立てる。
終わりの見えない話題に花園は痺れを切らした。

「…うぜえ。まだ早朝だけどやるっていうならやってやるよ」

花園のその言葉と共に風が微かに唸り始めた。
そよ風と呼べるほどの風が二人の脇をを吹き抜ける。

「は?口の利き方に気をつけなよ…施設育ちの孤児が」

風の唸りを聞いて微かな手応えを感じた少年はここぞとばかりに彼女の過去を嬉々とした様子で語り始めた。

「大金目当てで親に売られて幼少期は実験施設に監禁。親の愛情を知ることもないまま変態に囲まれて散々玩具にされてきた君にはこの世界に居場所なんてないのさ。よく図太く生きてるもんだね」

少年は内心ドキドキしていた。
自分の言葉にさえ心にズキっとした痛みを感じてた。
それでも花園の反応に期待をしていた。

「それで?」

花園の反応はあっさりとしている。
期待していた少年はあまりにも冷めきった彼女の反応に拍子抜けした。
風の唸りすらも止まってしまっている。

「な、何とも思わないのか?こんなに言われて…」

「別に」

退屈さえ感じて頭を掻く花園。

「復讐心は?理不尽だと思わないのか」

黒蜂は花園に一歩迫る。

「アンタみたいに過去に執着してない」

「な、何も知らないくせに!」

「なんだよ、人の事勝手に調べといて」

黒蜂はどうしても理解できなかった。
過去に関しては諦めの考えを持ち、先のことも深く考えずに奔放に駆け抜ける風のような彼女にコンプレックスを感じた。
黒蜂は負け惜しみのように声を振り絞った。その声はいろんな感情で震えていた。

「…最後にチャンスをあげるよ。僕と共に来るんだ。"アカシック"に…」

少年の言葉に目で答える花園。
鋭い瞳。その瞳はNOを表していた。

「なんでさ…宗近くんの言うことは聞くのに」

黒蜂は頭を抱えた。
考えろ。もっと単純なことだ。彼女に一ミリでもダメージを与えれば、辱めを受けさせれば、もう一度"力"を使うように誘導すれば…と、少し前の記憶を辿る。
何かに気づいた黒蜂は顔を上げた。

「あれ、花園さんってもしかして宗近くんのこと…」

彼女の指先がピクリと反応したのを見逃さなかった。
弱みを握ったと手応えを感じた瞬間、黒蜂は堪らなく嬉しくなった。――勝った。
勝利を確信した黒蜂は歓喜と軽蔑を込めた瞳で花園を見下す。

「えー…花園さん…身の程を知りなよ…ドン引きなんだけど」

彼の抑えきれていない歓喜の笑いが花園には嘲笑に感じた。
彼女の手のひらが汗で濡れ始める。

「たばこの件だって…君の身を心配して叱ったわけじゃないし…宗近くんはただ曲がったことが嫌いなだけだから…」

花園は黙り込んで俯く。

「まさかとは思うけど…勘違いしてないよね。私のために言ってくれたんだーって」

黒蜂の言葉は次第に強く彼女を追いこんでいく。
彼女は居心地の悪さと絶望感に胸を締め付けられた。
俯く少女の表情を黒蜂は確認できないが、確実に追い込まれている様子に彼は満足した。

「どうしたの?何か言いなよ」

少女の顔を覗こうと近づき、肩を突き飛ばす。
突き飛ばされた少女は片手の手のひらで顔を覆った。指の隙間から覗く瞳が光った。

「アンタと違ってアタシの"力"は昼も夜も関係ない」

その瞬間、風が激しく騒めき始める。
突然の暴風に草木や湖の水面でさえも騒めいた。

「素晴らしい…これが君の"力"なんだね」
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