無限の現代神話

□捌話
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好野陽菜子と鈴坂かなたは戦場となった住宅街で異形者を蹴散らしつつ、赤黒い空の下を駆けていた。

好野陽菜子は今までにないほど疾走している。
その後ろを鈴坂かなたが見失うまいと必死に追っている。
かなたは心の中で、アイツのことになるといつもコレだ、と溜息をついた。
蒼刃宗近がたった一人で支給品の刀を片手に学校を出たと知って、彼の後を追っているのだ。

途中、何度も異形者が立ちふさがるように現れる。
二人はその都度足を止めることなく手裏剣を指先で器用に操り、異形者の真っ青な首を目掛けて投げた。
ヒュンと音が鳴り、青い首が飛ぶ。
支給品と言えど切れ味は最高だ。

始末は一瞬のうちに終わり、二人は振り返ることなく駆けていく。
先行する陽菜子の後ろでかなたは息切れを起こす一歩手前だった。
それもそのはず。かれこれ三十分も走りっぱなしの状態だった。
元陸上部の陽菜子と現役剣道部のかなたでは持久力に差がある。
先行する陽菜子は汗を流しつつ余裕の表情だがかなたは低身長に加えて持久力には自信がない。

「もー、ほっとこうよ〜あんな奴〜」

かなたのそんな叫びを聞いて陽菜子は走りながら少し振り向いて困った顔をした。

「一人じゃ可哀想よ」

「かわいそー?アイツがー?」

陽菜子の同情の言葉にかなたの宗近に対するヘイトが蓄積していく。もう一歩で爆発寸前だ。

「しょうがないじゃない。嘉地くんは帝都に結界を貼りに行ったから…宗近は一人でさっさと行っちゃったみたいだし。…支給品の武器じゃ本調子じゃないはずよ」

「そりゃそうかもだけど」

かなたはふてくされた態度をとった。
確かに、かなた自身も支給品の武器に不満はある。使えないこともないがトラブル防止のために校内への自前の武器の持ち込みは禁止されている。緊急事態は支給品の武器を渡され、出陣するように言われる。
こっそり自宅に帰って武器を持ち込む者もいるが時間に追われている為、そんなことはそうそうできない。
納得いくようないかないような複雑な気持ちが顔に出ているかなたに対し、陽菜子は言う。

「何よ。嫌ならついてこなくてもいいのよ?」

「ひ、陽菜子が心配だからついていくもん!」

陽菜子はかなたの返事に少し笑ってまた走り出した。


*


堂々と構える古き良き平屋の日本家屋。
漆黒の屋根瓦に敷地を囲う古風なブロック塀が厳格な雰囲気を醸し出す。
そんな蒼刃家の屋根裏に潜むくノ一が二人。
茶色と紅色の瞳はキョロキョロと動く。
二人は天井の板を一枚外し、宗近の部屋を覗く。

「コソコソする意味あったのー?」

「私たち一応くノ一だもの」

二人は天井から逆さまに顔を出し、誰もいないことを確認した。

隠密任務は誰にも見つからずに遂行すべし。
それが彼女たちのギルドの掟だ。

「はっ」

二人は畳の上へしなやかと着地をする。
降り立つと同時に文机の下から一匹の三毛猫が飛び出し、陽菜子の足へすり寄る。
陽菜子のトレードマークの赤いカラータイツに猫の毛がついた。

「あーん。駄目よ。遊びに来たんじゃないのよー」

「はい、任務失敗ー」

「猫はセーフよ。ねー?」

陽菜子に額を撫でられた三毛猫の玉代は小さくにゃあと返事をしてかなたの靴下の匂いを嗅ぎ始めた。
来客の多い蒼刃家で育った玉代はとても人馴れしている。

かなたは言い訳する陽菜子を横目に初めて見る家具の少ない襖と障子で囲まれた六畳間を見渡して茫然とした。

畳と線香の匂い。古風な文机と純文学で染められた本棚。
本棚に並ぶのは夏目漱石など著名な作家の本や妙に分厚い本など、メジャーな作品からマイナーな作品まで綺麗に揃えて並んでいる。
まるで昔の小説家の部屋のようで現代の高校生の部屋とは到底思えなかった。

陽菜子には見慣れた部屋だろうが、かなたはこの部屋を高校生にしては殺風景でつまらない部屋だと批判する。
娯楽といえば本と猫しかない。こんな部屋で彼はどう過ごしているのか。
何かを制限されているような窮屈さと余分なものがない不思議な心地よさ。どちらも感じる。まさに勉強をして寝るだけの部屋だ。

「かなた、何ボーっとしてるのよ。行くわよ」

いつの間にか陽菜子は三毛猫の玉代と戯れるのをやめ、ここを後にしようとしている。

「ふぇ?もういいの?…そういえばココに何しに来たのさ」

キョトンとするかなたに陽菜子は刀袋を抱えて笑った。

「これよ」
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