無限の現代神話

□十一話
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【前回のあらすじ】
花園の捕獲に成功し、再び意識を手放す宗近。オセアノス司令官ベンガルは彼に褒美を与えるという。
強さに執着する陽菜子と、何かを企む花園。二人の対話が始まる。


***


病室のベッドから上体を起こして月を眺める少女。
少し傷んだ長い髪が月明かりに照らされる。
花園はそうやってしばらく穏やかな時間を過ごしていたが、何者かが這い寄る気配を感じて眉を顰めた。
その何者かは窓から突然顔を出し、器用に身を縮めて窓枠に足を掛けた。

「聞いた?宗近くん頭を打って三途の川を渡るところだったそうだよ」

嬉しいニュースのように語る黒蜂。
そんな彼を花園は睨んだ。

「デタラメ言うな。あいつは簡単に死なない」

そう返されて不満そうな顔をした黒蜂は目を逸した後、思い出したようにまた目を合わせた。

「宗近くんが来たときさぁ…もしかして君を心配して止めに来てくれたって勘違いしちゃった?」

冷静な面持ちをしているがそう言われて目を逸した花園を見て黒蜂は愉快に目を細めて笑った。

「哀れな奴だなあ、君も」

満足げに彼女を見下す。少しの優越感を得る。

「もう気が済んだだろ?宗近くんは君なんかに興味ないよ」

そう言って彼女に少しずつ近づく。

「僕の言いたいこと…わかるだろ?」

悪意の瞳が月夜に光る。
黒蜂の誘いに花園が静かに目を伏せたのをみて、彼は彼女の答えに期待した。

「…何をすればいい?」

沈黙の末その言葉を聞いて黒蜂はニヤリと笑った。


*


「はっ…!」


何かに驚くように身体がビクッと反応して目が覚めた。
不思議なことに朝目が覚めた時に見るいつもの天井がそこにあった。
匂いや日差しまでも一致している。
痛いくらいに早鐘を打つ鼓動がこの景色に安堵し、鎮まっていく。
どうやらここは俺の部屋らしい。
腕を動かそうとして違和感を覚えた。頭がどうにも動かせないので視界の端のみで自分の体を見る。
墨で文字が綴られたお札のような包帯で体をぐるぐる巻きにされている。
この光景には何度か覚えがあった。
幼い頃の記憶を呼び覚ましてやっと己の置かれた状況を理解する。昔から無茶をしたときは病院には行かず、こうして古いやり方で治療をされていた。

「…お袋」

無理矢理に包帯を振りほどき、起き上がった。
先程から視界の隅にいたお袋に声を掛ける。
お袋はいつもどおり着物を着て薄化粧をし、綺麗な姿で目を伏せて正座をしていた。…俺が目を覚ますのを待っていたのだろう。
その姿は凛と咲く花のようだと常に思う。
お袋は目を伏せたまま口を開いた。

「親戚のおじさんおばさんたちがわざわざ遠くから来てくださって貴方の身体を診てくれたのですよ。もうお帰りになられたけど、後日二人でお礼に行かなくちゃいけませんね」

どうやら思っていたより長く眠っていたらしい。
俺は己の不甲斐なさに頭を抱えた。

「お袋…魔女の力を使ったのか?」

お袋にそう問うと、いいえとだけ答えた。
なんともない様子を見ると、本当に魔女の力は使っていないようだ。
ただでさえ俺を産み落としてから身体が弱いというのに、また魔女の力を使ってしまったらお袋はきっと帰らぬ人となるだろう。

「心配してくれたのですか?宗近は優しい子ですね」

「…べ、別に」

照れくさくなってそっぽを向く。

「でもね、母さんの方が心配したんですよ。もう危ないことはやめなさいね」

俺を優しく諭す儚く心地いい声。誰よりもか弱い人。
また目を瞑り、深い呼吸をすれば浅い眠りへ誘われる。
頭の中で優しく俺の名を呼ぶお袋の声ともう一人の声が聞こえる。
可愛らしい声で俺の名を呼ぶ少女。
次第に彼女の姿が浮かぶ。桜吹雪の中で振り返り、俺をからかうように笑う。俺が一番好きな彼女の姿。長く美しかった髪を切ってしまう前の…中学生の頃の…陽菜子。

「陽菜子…!陽菜子はどこに?」

浅い眠りから再び目を覚まし、飛び起きた。
急に大声を出した俺にお袋は少し驚いた顔を見せる。

「オセ…なんだったかしら、私横文字は苦手よ…確かオセなんとかの病院に…」

頬に片手を当てて困った顔をするお袋をよそに身体に巻かれたお札のような包帯を乱暴に破り捨て、そばにある学ランに手を伸ばす。
バタバタと支度を始めて障子を乱暴に開けて出ていく俺にお袋が悲鳴を上げ、傍で丸くなっていた玉代は飛び起きて庭へ駆けていく。

「宗近!待ちなさい!どこに行くんですか!」

止めるお袋をよそに家を飛び出した。
俺を引き留める声が聞こえる。だが俺の頭の中は陽菜子のことでいっぱいになっていた。
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