無限の現代神話

□十二話
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【前回のあらすじ】
目が覚め、急ぎオセアノスへ向かう宗近。
接触した陽菜子と花園。
ある疑惑を宗近に向けるかなた。

***


背後の扉が閉まったとき、陽菜子は自身への危険は何も感じなかった。ここに来たことへの後悔さえしなかった。密室で花園と二人きりになることに何の抵抗もなかった。
花園はベッドからゆっくりと降り、陽菜子に近づいて彼女の髪に自分の指を通す。

「な、何よ…」

困惑する陽菜子の首に花園の指が触れる。

「動かないで」

そのまま花園は陽菜子のうなじから後頭部へかけて両手で何かを探るようにくしゃくしゃと地肌を撫でた。
陽菜子の不思議で不満そうな顔を見て頭から手を離す。
それから花園は何か安心したようにため息をついてベッドに座り、部屋の天井の隅をボーっと見つめだした。
陽菜子はその隣に遠慮がちに座り、彼女の顔をじっと見る。

「あなたが私を呼んだの…?」

「そうよ」

「貴女…"花園さん"…よね」

「…だから?」

学校ではまるで怪談のように語られていた"花園さん"。
陽菜子には彼女が噂に聞いたほど狂気な人間には見えなかった。武器を持っていなければただの少女。
恐ろしく落ち着いていて、冷たくはあるがどこか優しさを感じる。そんなところも宗近に似ていると感じた。

「もう動けるみたいだからここに長居はしないで。ここで寝泊まりをしては駄目」

「そう…わかったわ」

忠告を受けた陽菜子は暫しの沈黙の後、花園をじっと見つめる。
花園は陽菜子の視線に気づいて、彼女の瞳を見つめ返した。
花園は真っすぐに走る情熱の赤を。陽菜子は駆け抜ける緑を。二人は見つめ合った。
陽菜子はその瞳に吸いこまれそうになっている。
花園には独特の世界観が、独特の思想があるように思えた。
不思議な感覚に溺れてしまう。
陽菜子より先に目を逸らした花園が口を開いた。

「やっぱり…近いわ。地球(ガイア)は近くにいる」

そう言って目を閉じる。

「世界は近々終焉を迎える。これは絶対なの。私たちの長い夢も終わる。…私には貴女が考えてることがわかる。私と貴女は縁者のようなものだから。むやみに力を使わないで」

そう諭す花園に陽菜子は目を丸くした。
すべてを見透かされていることにも、忠告をすることにも驚いた。

「あなたのこともっと悪い人だと思っていたわ。どうして私に助言をするの?」

今度は花園も陽菜子の言葉に目を丸くした。
その答えを探そうと花園は少し考ると自然と宗近の姿が頭に浮び、溜息をついた。

「…さあね」


***

**

*


話を終えると黒蜂は花園に背を向けた。
話というのは彼の最終目標のことであった。

「君ならこっち側に来てくれると思ったよ」

彼はこのタイミングでまた花園を勧誘して正解だったと自分を褒め称えた。

「さ、行こう」

花園を連れて行けばアジトのカマキリたちも自分を見る目が変わるだろう、と黒蜂は期待に胸が膨らむ。
そんな彼の首根っこを花園は引っ掴み、乱暴に壁に投げつけた。

「いたっ!いきなり何するんだ!」

彼が振り向くと鬼の形相の花園がいる。

「気が変わった」

目をギラギラさせ、口元だけは笑っている。
この表情はあの夜に初めて彼女と会った時のあの表情だった。
黒蜂は無意識に出口を探って壁伝いに後退り、窓枠に手が触れると彼は急に強気になって彼女を睨んだ。

「嘘だ…最初から僕を騙すつもりだったんだ」

その言葉を聞いて花園は声をあげて楽しそうに笑った。壊れたおもちゃのような狂った笑い声が響く。
そんな彼女を目の前に黒蜂は悔しさに叫んだ。

「ああああ!だから人なんか嫌いなんだ!君も僕を裏切るなら死ねばいい!」

黒蜂は笑う花園の首に掴みかかった。
花園の抵抗の拒絶の風が絞め殺そうとする彼の体を無理やり窓から追い出す。
急いで窓に駆け寄り見下ろすと落ちていってどんどん小さくなっていく彼の姿が見えた。

「…アンタがしてるのはただの時間の無駄。悪あがき。人モドキの夢なんて何一つ叶うことなんてないのに」

花園は額に汗を浮かべて安堵の溜息をついた。


*

**

***


またしても沈黙が流れる。
気軽に趣味やテレビの話題を話せる関係ではない。
しかし比較的おしゃべりな陽菜子は何でもいいからと話題を探すが見つからない。
陽菜子は一見か弱く見える彼女がこれからどんな処罰や刑を受けるのだろうと少し気の毒に思った。

「ねぇ、貴女はこれからどうなるの」

陽菜子が花園に聞く。
花園は少し驚いた後に、窓の外に目をやった。

「どう…なる…?どう"する"のほうが正しいわ。だって私はここを出るもの。私は自由なのよ」

窓の外に広がるのはまだ青白い朝の空。
一羽の大きな鳥が空に羽を広げ飛んでいた。
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