無限の現代神話

□十二話
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蒼刃宗近は休日だというのに制服を着てオセアノスへの道を歩いていた。
騒動は一時解決し、好野陽菜子の怪我や様態も大したことがなかった。しかし、宗近が陽菜子に会いに行った直後に花園がオセアノスの病棟から姿を消してしまったというのだ。

ベンガルが今回呼び出した要件は"例の件の褒美"らしいが、宗近はさほど期待はしていなかった。
宗近が花園の捕獲に成功したとはいえ、またもや脱走してしまっている。宗近は今回直接捕獲を依頼される可能性があるのではないかと心配になったのだ。

宗近はオセアノスの門を潜って建物に入り、いつものように受付嬢とちらっと睨んだ。
受付嬢は気にしない顔をしてそのまま会釈をして宗近を通す。
このように彼はオセアノスの建物にはどこでも要件を言わずとも自由に出入りできる。

宗近はメールで指定された部屋へ着き、ノックをした。
目の前の扉には金色でフランス語か何かで文字が書かれている。赤い扉の向こうからベンガルの返事が聞こえた。

扉を開けた瞬間、甘い匂いが立ち込める。
そこは施設内にも関わらず明らかにプライベートルームのような異質な部屋だった。
カーテンを締め切ったこの部屋の中は薄暗い。
年増が好みそうなキツイ香水の匂いに宗近はむせてしまいそうになった。

部屋の奥には大きな天蓋付きのベッドが置かれている。その中からベンガルが彼に呼びかけた。

「服を脱いでそこに置きなさい」

その言葉を聞いた宗近の思考は突然停止した。
天蓋から伸びて、ベッドを囲んでいる薄いピンクのレースのカーテンにベンガルのシルエットが見える。

「…どういうことだ?」

「君は母親以外の柔肌を感じたことがあるか?」

普段察しのいい宗近はこのときばかりはなかなかその意味を理解できないでいたがこの言葉でやっとその意味を知り、嫌悪感に眉をひそめた。

「…馬鹿馬鹿しい」

「大人の女を抱けるんだぞ。こんなチャンスは二度もないだろう」

宗近は頭に血が上っていくのを感じた。
その速度は凄まじかった。だが同じような速度ですぐに氷点下まで下がった。
この状況が可笑しくなり、宗近は気が付けば柄にもなく笑っていた。

「ふっ…自惚れが過ぎているな。…寝具の上じゃなくて戦場なら相手してあげるよ…オバサン」

そう言い残して退室する。
彼がいなくなった後、残されたベンガルは薄いピンクのカーテンから顔を出し、虫が囁くような小さな声で呟いた。

「…命拾いしたな、蒼刃宗近」

ベンガルのその姿はまさに化け物。
頭のてっぺんからは奇妙な触覚が垂れ下がり、大きな黒目がギョロギョロとしている。茹で上がったロブスターのように真っ赤な顔をして不気味に笑っていた。
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