無限の現代神話

□十三話
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頭上から降ってきたそれは聞きなれた甘い声だった。
校舎裏の太い木の幹に腰かけていた彼女はスカートの中身など気にせずにこちらに話しかける。

「今日の呼び出しは女の子からの告白じゃなかったのねー」

舌を出して俺をからかう陽菜子。
さすが忍だ。気配を消して後を追っていたらしい。
陽菜子が見ていてはこれ以上はできない。
俺はため息をついて刀を鞘に納めた。

「…陽菜子。いるなら言えばいいものを。こそこそとするな」

「途中からだもーん」

陽菜子はふふふと小さく笑って四メートルはあるだろう高さから傍に降りた。
武智はなぜだか武器を構えて固まったまま陽菜子の顔を見ている。
その視線に気づいた陽菜子は武智に言葉を投げた。

「あなた強いわね。私びっくりしちゃった。やるじゃない」

陽菜子の何気ない返事に武智はハッとした。
そして頬を染めると薙刀を下げてそそくさと陽菜子に近づき、手を取った。

「好野サン…生で見ると写真よりうんと可愛いネ。オレとケッコンして中国で暮らしませんカ?」

武智は男前な表情になり、声も心なしか低く男らしさが出ている。
陽菜子はきょとんとしている。
俺の左手親指は納めたはずの刀の鍔を弾いた。
らしくない。ただの茶番だとわかっているのに心がざわついた。
その音を聞き取った武智の体はビクッと大きく跳ね、顔色を変えてこちらへ振り向いた。

「ヒィ!冗談!冗談ネ!ハハハ…と、そう言えば好野さん、鶉に会わなかったですか?」

「鶉…?…あっ!あの子…」

陽菜子がなにか言いかけた頃、鈴坂ほどではないが小柄な女が飛び込んだ。

「師匠ー!逃げないでくださいよ!」

メガネをかけたその少女は陽菜子目掛けて真っ直ぐ飛び込み、詰め寄った。

「あ、あなたねぇ…私は階級で言うと中忍だけど、まだ弟子はとらないの!とれないのよ!」

陽菜子がそう返すが、陽菜子を師匠と呼ぶ少女は引き下がらない。

「そんなぁ!そこをなんとか!」

この頑固さは陽菜子と良い勝負だな。

「宗近どうにかして!」

陽菜子は匙を投げ、俺の腕を乱暴に引っ掴んで盾にするように後ろへと隠れた。
なんだか今日のこの時間は忙しない。一体何が起こっているのか。
俺に任せられても、こういう時の宥め方をよく知らない。
陽菜子を師匠と呼ぶ少女は見た感じ勤勉に見えて天真爛漫なイメージだ。全く気崩さないスタイルと少し大きめの緑の制服を見たところ、どこかの高校の新一年生だろう。初々しいそれにどこか懐かしさを覚える。思えば己も一年前は…。

「…しつこくすると嫌われるぞ」

少し考えて出た言葉は小さい子を宥めるときのものだった。
これを聞いてがっくりと肩を落とした少女は不思議と素直に受け止めたようで納得したように独り言を呟いた。

「うぅ…そうですね…嫌われてしまったらわざわざ関西から来た意味が…。ハッ!そうだった!」

少女は武智と顔を見合わせる。

「鶉。オレも本来の目的忘れかけてたネ」

鶉はコホンとひとつ咳をした。

「申し遅れました。蒼刃先輩。私は鶉 姫樹(ウズラ ヒメキ)です。あなたのことはよく知っています。関西でも有名なんですよ!私もファンの一人なんですよ!でも一番は好野師匠ですが…それは置いといて。…私たちは関西から来たのです。あなたたちに会いたかったのも理由の一つですが」

再び鶉と武智は顔を見合わせた。
二人の間に一瞬緊張が走ったようだった。
だが次に鶉は軽快な口ぶりで再開する。

「…めでたく私たちは関西の姉妹校から帝青に留学することになったんです!だから…よろしくお願いしますね先輩方」

何も緊張感のない話だった。
あっけないというか、なんだそんなことかと思わずそんな言葉が浮かんだ。
俺の隣の陽菜子は少し面倒くさそうに思っているような表情だ。陽菜子には年下の親戚は少ない。ギルドでも新規も少ない。面倒見が良い方ではないからきっと上手くカッコイイ先輩を演じられるか心配なのだろう。
かく言う俺は門下生や親戚の子供たちの世話は毎年のことだから子供の扱いは慣れているが、実力の差もそれほどない相手は…どうか。だが、いいライバルになる。
そんなことを思っていると武智と目が合った。
武智は細い目をさらに細くして猫のような顔で笑っているが、何かを隠しているようだった。


*


鶉と武智には門限があった。
二人は早々に宗近と陽菜子と別れ、それぞれの家へと向かっていた。
鶉は時折時計の秒針を気にし、武智は鶉に歩幅を合わせず長い脚で足早に歩く。

「鶉…嘘ついてよかったのカ?」

武智が鶉に問う。

「そうするしかなかったじゃない。やっぱり…今言うべきじゃない。アレは私たちが片付ける使命なんだわ」

鶉はメガネをくいっと上げた。

「なっ!倒せるわけナイ!好野センパイとも戦ったデショ!」

「試練なのよ試練!せっかくここまで来たんだから!あの二人を研究!分析!あるのみよ!」

二人は夜にも関わらずワーワーと騒ぎながら帰った。
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