無限の現代神話

□十七話
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【前回のあらすじ】
女子高の見学会を楽しみにする陽菜子。
宗近とかなたはショックを受けていた。
一方で高島は学校でいじめを受けていた。


***********


【過去編(中学編)】


早朝の道場。一人の門下生が声を上げた。

「道場破りが来たぞー!」

門下生は一斉に道場の入口へ目をやる。
高校生くらいの大柄な男が木刀を持ち立っていた。

「蒼刃宗近ー!貴様を倒してー!看板と好野陽菜子さんを頂くー!」

その勇ましい声に道場中が一瞬騒めくが、またかと呟いて稽古に戻る者もいれば面白そうだと言って観戦しようと道を開ける者もいた。
そんな中稽古の途中だった宗近はため息をついて前へ出る。

「…愚か者がまた一人」

体格のいい挑戦者と華奢な宗近は向かい合わせになり、木刀を構える。が、一瞬のうちに勝負はついた。圧倒的な実力で宗近は相手の隙を突く。相手は気が付けば力なく床に転がっていた。

やっぱりかと少し期待外れに苦笑いする門下生たちは稽古に戻っていく。
道場にはこうして定期的に道場破りがやってきていた。奴らの狙いは看板だけでなく、好野陽菜子までも奪おうとする者も少なくはなかった。

「おい。いつまでもそこに居座るな。さっさと帰れ」

床に転がる大柄の男に宗近は吐き捨てる。
だが男はピクリとも動かない。魂が抜けているようにそこにいる。

「はぁ…門の外へ引きずり出せ!」

門下生の何人かが宗近のその声で男を門の外へ引きずりだした。


*


放課後の屋上。鈴坂かなたはそこからグラウンドを眺めていた。
足を怪我してから時が経ちすっかり良くなった陽菜子が元気にグラウンドを駆けている様子がよく見える。綺麗なフォーム、細い脚、風に揺れる長い髪。かなたはそれに見惚れているのと同時に昔のことを思い出していた。



それは1年前の放課後のこと。かなたは学校に定期的に訪れるカウンセラーへ相談の予約をしていた。
自分が感じていた違和感のすべてを話したかったのだ。

予約の時間通りに相談室に入ったかなたは時折言葉に詰まりながらも半生を語った。
女性に惹かれること、部活の女性の先輩に惹かれたこと、今までもずっと女性が好きだったこと。すべてを話したかなたは恐る恐る上目遣いでカウンセラーの顔を見た。

カウンセラーの目は軽蔑の目だった。かなたは戸惑った。
カウンセラーはため息をつき、机の上のペンをとり何かを記録し始める。そして難しそうな顔をして言った。

「普通になりなさい」

肯定してくれるんじゃないかと期待していたかなたはそう言われ、ショックを受けた。

「ご両親のことも考えてみて。女の子同士じゃ赤ちゃんは作れないの。孫の顔が見れないなんて可哀想でしょ。若いんだからまだやり直せるわ。ほら、蒼刃くんなんてどうかしら。男の子に興味を持てないなんてないと思うの。きっと何かの間違いなのよ」

家族、姉妹の顔が脳裏に浮かぶ。軽蔑した目、不安を浮かべる表情。容易に想像できた。
ごく普通の家庭だと思う。しかし、レズビアンだと打ち明けたら、どうだろう。どんな反応が返ってくるだろう。

自分の世界が音を立てて崩壊し元に戻らないことを悟った。
薄々気づいていた。だから答えを期待していた。それでいい。このままで生きていていいんだと。そんな言葉を求めていた。
だけど、自分の世界は普通じゃなくて何かの間違いで構成されていた。そう決めつけられ深く傷ついた。

かなたはカウンセラーに頭を下げ、静かに退室したあと震えるその足でひたすら上を目指して階段を上った。
存在していても居場所などない。本当の自分をさらけ出して自由にいきることは許されない。コピー人間のように周りに同調し、無難なルートで人生を歩み、死ぬ。ただそれだけのために、シンプルを求める社会のために、生きて死ぬだけ。
全てを知って絶望していた。

かなたは屋上へ行きつく。少し赤くなった空が彼女を迎えた。空はかなたに手招きをしている。
それにこたえるようにゆっくり柵に歩み寄り、強くしっかりと掴む。少し高い柵を乗り越え、もう一歩踏み出すだけでこの世からいなくなれるところまできた。

グラウンドを見下ろす。まだ生徒たちがいる。それぞれ部活をしている。
せめて見せしめてやろう。皆の記憶に刻んでやろう。
かなたは人への憎悪でいっぱいになっていた。

「好野ー!へばってんじゃねーぞ!」

突然聞こえた。グラウンドから屋上まで届く怒号。
かなたはグラウンドを見た。
上級生に罵られながら走っている少女がいる。
噂には聞いていた。顔はいいが性格はアレだと言われてる好野陽菜子だった。
かなたは走る彼女を目で追う。颯爽と駆けていく彼女。遠くからでも見えるその表情。悔しさと、怒りと…。力強い生命力。
なんだかかなたは呆気にとられた。力ない自分に彼女のエネルギーが少しずつ体に入ってくる。そんな感覚になった。

途端に死ぬのが怖くなった。
今の自分の状況を見返す。柵の外の僅かな足場に立っている。一歩足を投げ出せば落ちて地面に体を打ち付けて死ぬ。

「ひ、ひっ…」

かなたは震える手で柵をゆっくり跨いで安全な柵の中へ戻った。
苦しいほど激しい鼓動に手を当てて生きていることを確かめた。
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