無限の現代神話

□十八話
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【前回のあらすじ】
虚無に話しかける孤独な夕。
陽菜子の進路について話す宗近とかなた。
かなたは何かを決意した。


***


門下生は今日の俺は上の空だと噂する。

道場の空気はいつもと同じ。まだ学校が終わって間もないが暇人はこうして道場に集まって、親父がいないのをいいことに道着を着たまま談笑してふざけている。
なぜ俺がまだ時間でもないのにここにいるのかというと、どこにいても落ち着かないからだ。道場だけは周りの人間がどれだけ騒ごうと神聖な気持ちでいられた。

端で胡坐をかき時間が過ぎるのを待つ。
門下生の馬鹿な笑い声。木刀がぶつかり合う音。
そんな中でぼーっと物思いにふけた。



陽菜子の母親は強い女だった。
妖力は使えないが一人で生きていける力があった。そんな強さだった。
仕事人間であり、夫がずっと海外にいても平気な顔をしている。むしろいないほうがいいみたいに見えた。
陽菜子に対しては…冷たくスパルタだ。
それでも陽菜子は母親に憧れてた。
だからあんな選択をしたんだろう。

中学に上がるときにも陽菜子はあの学校に行きたがった。受験をしようとしたが母親に止められたから行かなかったが。
彼女は悔しそうにしていた。それと同時に悲しそうにしていた。

一人でなんでもしたい。できると思われたい。あの学校に受験して合格すれば認められる。
そんなことを思っていただろう。
なんとなくわかる。
単純な話、母親の関心を集めたかったのだろう。
そんな親子の関係性はなんだか好きだった。この親子関係が強い陽菜子をつくったからだと思えるからだ。


俺には二人姉がいる。年の離れた姉だ。昔から親父には女は守れと言われていた。もちろん親父はそういう思想だから姉たちを守っていた。甘やかしていた。俺は何もかも厳しく躾けられた。俺は、女は弱いのが当然で守らなきゃいけない存在だと刷り込まれたからか少しずるいと感じてしまっていた。
女を見れば守ってやろうと思うが、どこかでその弱さが憎いと思ってしまっていた。

俺がこんな思想を持ったのはこんな教育を受けたからだろう。そして陽菜子と一緒にいたいと思うのは彼女が強い、強くなろうとしているからだ。
俺は彼女の思想を守ってやりたい。だがどうしても女子高へ行って俺から離れるのは阻止したかった。彼女の不思議な体質に気づいてしまったからだ。
彼女の怒りがまるで地球の怒りかのように感じるのはただの勘違いじゃない気がしてならない。
彼女の存在は俺の中で大きいだけじゃとどまらず惑星のように大きくなろうとしている。そんな彼女を放っておけない。
バカげた話だと、これは夢だと、幻想だと、なんども疑っている。しかし、どうしても彼女があまりにも巨大に見えてしまっていた。そんな彼女を守れるのはきっと放任でスパルタな母親でもなく、海外にいることを選んだ父親でもなく、俺しかいない。

「蒼刃宗近!」

道場に小さい虫のようなキンキン声が響いた。
普段学校でよく聞くその声にドキッとする。
なぜここに?そう口にする間もなく、その人物は道場の門を潜って靴と靴下を脱ぎ散らかして上がり込んでくる。

「…アンタを倒して…看板と…好野陽菜子を頂く!」

制服に裸足の鈴坂かなたは自前であろう竹刀の先をこちらに向けた。
凄く興奮した様子の彼女に門下生はたじろいでいる。

「女の子が道場破り?」

「おいおい君…」

動揺する門下生が止めに入ろうとする。

「どけええええ!」

「うおおおっ」

しかし鈴坂はそれを押しのけ俺目掛けて走ってきた。


竹刀がぶつかり合うこの感触。
それはなかなかに力強いものだった。だが所詮小さい女の子の力だ。
彼女の剣から感じ取れるのは悔しさと衝動的な感情。所詮そんなものだった。
何も考えずとも避けられるし、防御できる。健気だが哀れに思うほど華奢で脆すぎた。

「お前がやっているのは剣道ではない。お前はただ力任せに竹刀を振り回しているだけだ」

指摘した途端鈴坂はわかりやすく図星だという顔をした。
部活でも先輩や教師に同じことを言われているのだろう。

「偉そうに…アンタがやってんのだって剣道じゃなくて人を殺すための剣術じゃん!」

また竹刀がぶつかり合う。
手加減していたのを解いて少し押す。鈴坂の竹刀は力に耐えきれず傾き、そのまま俺の竹刀に巻き上げられた。
鈴坂の小さな手から竹刀が離れる。竹刀は宙に舞い、床に落とされた。

「…わ」

反則で負けた鈴坂はその場に力なくぺたんと音を立ててへたり込む。

「お前とは戦うまでもない。そもそも武道をこんなくだらないことに使いたくないんだ。そうだ、もう一つ言っておこう。大事な人生の選択を「友達がいるから」という理由で決めるのもどうかと思うが」
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