無限の現代神話

□二十話
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*


古い書店の前で高島はクラスメイトの男子たち数人に囲まれていた。

「やれよ」

「…え?」

一人の男子が高島に命令をする。

「聞こえなかったのか高島。エロ本盗って来いって」

それを聞いて高島は俯いて首を振った。

「で、できない」

ボロボロの学生服。重い前髪が高島の怯えた瞳を隠す。
しびれを切らした少年たちは顔を見合わせてニヤリと笑った。

「…こいつもう一回学校のベランダからぶら下げよーぜ」

それを聞いて高島は喉がきゅっと苦しくなった。
一度誰もいない校舎のベランダから足を縛られて吊るされたことがあった。
その時のことを思い出して、死にたくないもうあんな思いはしたくないと強く願った。

「や、やります。やります…やります」

高島は何度も頷きながら目をぎゅっと瞑って呟いた。

「それでいいんだよ、ほら」

背中を思い切りドンと叩かれる。

「好きなの盗って来いよー。エロ本だったらなんでもいいからよ」

そう言われて高島は書店へ恐る恐る入る。入口で一度振り返ると男子たちがニヤニヤしながら待っていた。

寂れた商店街の古い書店。店員は高齢の女性だ。椅子に座ったまま眠っているように動かない。
ここの店員はいつもこのおばあさんでこの店は万引きの的になっていた。
思春期男子の度胸試しによく使われていたのだ。

高島は後ろから聞こえる微かな嘲笑を背中で受けながら成人雑誌が置いてある棚まで歩く。
目の前まで来て、店員のおばあさんが寝ていることを確認しながら適当な本に手を伸ばす。
高島はドクドクと重く脈打つ心臓の音を聞きながら息が荒くなる。
本を棚から引っ張り出す。
おばあさんが寝ているのを確認しながら、そっとゆっくりカバンへ本を忍ばせる。
痛いほど脈打つ鼓動。
いくら吸っても吐いても苦しい呼吸。
止まらない不快な汗。

「君、何してんの?」

後ろからの声に振り返る。
そこには紺のエプロンを身に着けた中年の男がいた。小太りでメガネをかけた清潔感のない男だった。エプロンにはこの書店の名前が書いてある。
高島は固まったまま動けなかった。
店の外ではやばい逃げろという声とともにバタバタと逃げていく男子たちの足音が聞こえた。

「ちょっと来て」

高島は手首を乱暴に掴まれ、店の奥にあるカーテンで仕切られた部屋へ引っ張られる。
カーテンの向こうには短い廊下があり、高島は引っ張られるままに進んだ。
やがて階段にあたりそのまま上っていく。
上った先の部屋に引っ張り込まれ、扉を閉められた。
中は暗く、電気をつけず、明かりは閉められたカーテンの隙間からこぼれる太陽の光とテレビの明かりだけだった。
八畳ほどの部屋で、生活感がある。ここはこの男の部屋で、彼はこの書店の息子なんだろうと高島は気づいた。
テレビの前には髪の長い女がスウェットを着てテレビをぼーっと見つめている。男と彼女との関係性はわからない。妹だろうか、姉だろうか、恋人だろうか。
高島はこちらを一度も見ずにテレビだけ見つめている彼女と暗い部屋に恐怖を抱いた。

「君、なにしたかわかってる?」

ここまで連れてきた男は暗く物にあふれて散らかった部屋で高島に問う。
高島は答えず俯いた。

「万引きだよ」

男が言う。その言葉を聞いて高島はとても苦しくなった。

「君何年生?中二?受験に響くよ」

高島は何も言えない。どうしようもないことをしてしまい、謝ることすらできなかった。ごめんなさいと一言言えたら何かが変わるだろうか。そう思うが、恐怖で声もでなかった。

「親に連絡するから番号教えて」

それだけは絶対嫌だった。高島は固く握った拳の中で汗が溢れていくのを感じていた。

「学校にも言おうか」

受験に響けば両親は容赦はしないだろう。

「ご、ご…ご、ごめんなさい」

男は高島の目をじっと見ている。メガネの奥の細い瞳で高島をとらえている。
高島の謝罪を聞いた男は何も答えず、後ろを向いて散らかった机から何かを探し始めた。
机の上には無造作に置かれた封筒と、CDのようなものがたくさん積まれている。作業をするスペースなどはない。よく見ると机は勉強机だった。

「ほんとはいけないことだけど俺は優しいから見逃してあげるよ」

男は背を向けて何かを探しながら高島に言う。
だがその言葉を聞いても不安は拭えなかった。
高島は机の隅に積まれた紙の束を見てしまった。それはよく見ると少年たちの裸が映った写真だった。その近くに無造作に置かれた封筒の中には束の現金が顔を覗かせていた。

「君、名前は?」

小太りの男が振り向く。その手にはカメラがあった。

「いうこと聞いたらすぐ帰すよ。じゃあ、大きく口開けてみて」

男はカメラを構えて高島の顔の前に来る。
高島は今までのことを後悔した。
腕を振り払って必死に抵抗して逃げればよかった。男がこちらに背を向けた隙にドアを開け、階段を駆け下りて逃げればよかった、と。

固まって何もできない高島の様子に男は苛立った。

「早くしろよガキ!殺すぞ!」

男の怒鳴り声にビクッと跳ねて高島は目に涙を溜めながら口を開けた。
少ししてカメラのシャッターがきられ、眩いフラッシュが少年を襲った。
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