無限の現代神話

□二十一話
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【前回のあらすじ】
オセアノスの資料館で西野を殺めてしまった花園。
高島は書店での万引きがバレてしまい捕まってしまう。
急ぎ魔女の家へ様子を見に行った宗近にあるチャンスが訪れる。



***


【中学編】


滝のような冷や汗が肌に張り付く。
生まれたままの姿でカメラのフラッシュに何度も照らされた。眩い光が目を狂わせようとしてくる。
シャッターを切られる度に汚れていく。
口元や陰茎や肛門を執拗に撮られる。
余すことなく汚されていく。
鳥肌立つような悪寒。
喉を通る不快な空気。胸に溜まる不穏な緊張。

気が付くと高島は服を着た状態で鞄を抱えた状態で書店の裏口から背を押された。
不思議に思って振り返るとあの男がいる。
まるで短い時間記憶を失っていたかのような感覚に陥っていたようだ。あの部屋からここまで瞬間移動したかのようだった。

男はこう言った。

「当たり前だけどこの事はオジサンと君との秘密でお願いね」

そして高島が抱えている鞄を指さし、こうも言った。

「そのエロ本、持って帰っていいからさ。代金は体で払ったと思えば安いもんでしょ」

そうして男は初めて微笑を見せた。
男の微笑は平和的解決ができたかのような満足そうな表情だ。
まるでこちらも得をしたかのような口ぶりに高島の中で怒りと憎悪がぶつかりあう。
何も言わない高島に男は急に無表情になりピシャっと裏口のドアを閉めて全てを遮断した。

高島は闇に一人取り残されて立ち尽くす。
頭上にはいつもと変わらない夜がある。
塗りつぶしたような夜に異物として放りだされた気分になった。
今までの恐怖がじわじわと怒りに変わっていった。激しい憎悪に支配されていった。
ふらふらと、とぼとぼと、頼りない足取りでそこから少しずつ離れる。
裏口の細い道を進むといつもの商店街があった。
細い道から顔を出すと商店街の灯りに晒された。
その眩しさがカメラのフラッシュを思い出させた。
高島は抱えたカバンを肩に掛け、いつものように肩を縮めて歩いた。
商店街を抜けて静かな道を通って家へ向かうが、何かが少年の中で大きくなっていく。
誤魔化すように怯えるように足早に家へと急ぐ。
しかし何かが迫ってくるように耳鳴りが次第に大きくなる。それが爆音で頭を揺らすほどになったとき、少年はとうとう走りだしていた。
息を切らして夜の静かな住宅街を駆けた。
やがて体力が限界を迎え、見慣れた水路沿いの道で手すりに両手をついてひたすらに息を吐いた。

呆然と水路を見つめる。澄んだ水の流れに心が少し洗われるような気がした。
乱れた呼吸も整いつつある。
やっと一息つけた。

「大丈夫…大丈夫だよ」

枯れた声で言い聞かせる。
久しぶりに聞いた自身の声に安堵した。
生きている…それだけでよかったじゃないか。もしかしたら殺されていたかもしれない。だから生きて帰ってこれてよかったじゃないか。そう前向きに考えることができた。

そのまま静かに流れる水路を見つめる。
不意に目が潤んで涙がスーッと頬を流れた。
それを学ランの袖で拭い、目を擦った。そのまま緩やかな水の流れを見てもう少し落ち着こうとぼーっと眺め続けた。
水路は綺麗に見えたがよく見るとゴミが沈んでいる。
月明かりに水面がキラキラ光っている中に偽りの輝きがあった。
ペットボトルや缶。
もっとよく見てみるとサンダルやレジ袋が沈んでいる。
そして水の中に成人向け雑誌の表紙が微かに見えた。水着の女がポーズをとって微笑んでいる。
そこにあるのは一冊だけじゃない。何冊もの成人向け雑誌が束になってそこに沈んでいた。

「うわああああああ!!!」

あの部屋での出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
高島は鞄の口を開け、盗んだ成人向け雑誌を水路へ投げ捨てた。
雑誌は水しぶきを上げて水の中に飲まれていった。
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