無限の現代神話

□二十二話
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【前回のあらすじ】
高島はトラウマに苦しみ、教室で嘔吐する。
西野のからかいが全て実験だったと知った花園は好野陽菜子の存在を知る。彼女にもまた実験が行われる。


***


【中学編】


時というのはボーっとしているだけで過ぎていく。
漠然としたショックや問題の解決ができないまま、答えが出ないまま、誰も何も待ってくれず知らんふりで過ぎていく。
所詮は用意された舞台で台本通りに踊る役者だった。
生まれつきのモルモット。

夕はオセアノスの敷地内にあるグラウンドに他の生徒たちとともに整列してアサルトライフルを抱えていた。
皆の前に立つ教官が何かを強い口調で説明している。
夕は横目でオセアノスの広大な敷地を囲む壁を見た。

越えられるはずがない。この舞台から転げ落ちることもできないことを悟った。
そうするともう何もかもがどうでもよくなってくる。
抵抗やあがくのも億劫だ。夕の瞳はストレスや疲労で曇っていった。

横目で眺めていた壁の上に烏が止まる。人々を見下すような黒い瞳。塗りつぶしたような黒い体。
どこまでも行ける大きな翼。
夕は羨んだ。羨望の眼差しで彼を見るが彼は翼の内側をくちばしで掻いたあと、また空へ飛び立ってしまった。

綺麗な直線を描くように黒い身体が飛んでいく。遠く遠く、次第に小さくなっていく。点のようになってまで、まだ存在している。


「進め!」

教官のその一声で列が動く。
列を乱さぬように適度な距離を保って夕も続いた。
大演習場に集められた生徒たちは実弾射撃訓練をこれから行うという。
再び並べられた先に射撃場があった。
五十メートル程離れた先に手のない案山子のような人形が立てられている。
数人ずつ抱えた420oばかりのアサルトライフルを構えて単射で的を撃つ。
夕の順番が回り、同じように銃を構えて撃つ。
反動は少ない。
弾は5mm程度と細いが異形者の体は案外脆い。異形者を倒すだけなら充分な大きさだ。
外は敵が多いためオセアノスはハンドガンよりもアサルトライフルを推奨している。
異形者は前触れなく大量発生するものだ。アサルトライフルで一掃するのが早い。

発砲音とともに素早く弾が飛び、薬莢が足元に転がる。
夕は無にも等しい的を撃っても何も感じなかった。
なんとなく照準を合わせて撃つ。真剣にやっているフリを続ける。
彼女の目はフロントサイトを覗いていない。彼方に飛ぶ黒い鳥ばかりを見ていた。


*


夕は外へ放たれた。
オセアノスの壁の外へ。
思わず振り返り、オセアノスを外から見る。

この体が施設の外にいる。
施設の外の空気を吸っている。

今すぐにでもその場から走り出して逃亡したい衝動に駆られた。
オセアノスを出たところには左右に道路が伸びている。
夜の道を街灯が照らしていた。

もしここを駆け抜けたら…。

しかし彼女には当然監視の目があった。
今回は外へ出て本物の異形者を鎮圧するという日だった。
四、五人の班で行動するが、所詮隊員も役者である可能性があった。

今回、もしくは数回。外に出た時問題を起こさなければ…もしかしたらその後もずっとこうして外に出られるのではないか。

彼女の体には柄にもなく緊張が走った。
指先一つ動かすのも不自然に思われないように。
優秀に過ごせば施設外で暮らすことくらい許されるのではないか。
そんな期待やわずかな希望があるような気がした。

隊員たちと夕はアサルトライフルを抱え、あらかじめ決まっているエリアへ順番に移動し始めた。
オセアノスから徐々に遠ざかるほどこのまま逃げ出したい気持ちは大きくなっていった。

外の空気。夜の冷たい風。壁に囲まれている圧迫感がない。
この瞬間、自由。
自由なのだ。

夕は忘れないようにアサルトライフルを強く握った。
まだ監視がいる。今はその時ではない。
落ち着いてほしい。冷静になってほしい。
思い出させて逃げたい衝動を必死に抑えた。
ここで失敗をしたらチャンスを逃すことになる。

班は夜の静まり返った町を進んでいった。
夕は紙媒体や電子媒体でしか見たことのない住宅街にいちいち目を奪われる。
しかし無駄にキョロキョロしているわけにはいかなかった。興味を引かれるがそれにも耐えた。

やがて班はそれまで一度も異形者とは遭遇せず最後のエリアへ到着した。
ここで何もなければ来た道を辿って戻るだけだ。
何事もなければそれでいい。この辺りは今夜は平和だったというだけだ。
班のメンバーは期待外れな途中結果に少し残念がっているように見えた。
しかし夕は外に出られた、外の風景を見れただけでも充分な収穫だった。
開放感を感じながらも夕の指先はまだ緊張で強張っていた。

「見ろ」
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