無限の現代神話

□二十四話
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【前回のあらすじ】
陽菜子と宗近の馴れ初めを聞き、宗近は魔法が使えると言う叔母。
引き続きいじめを受ける高島。陥れられ唯一の味方だった南に拒絶される。逃げ込んだ先に聞こえた会話から他校の宗近に強い劣等感を抱く。


***


体の表面はなぜか常に冷たく感じ、心が寒い。
冷えた水に浸かっているように体は強張り、人間らしい柔軟さを失っている。

「魔女狩り」以来引きずっている憂鬱を引き連れて今日も授業が終わって早々に放課後の喧騒を抜け出した。
誰かに引き留められないように忍ぶように校門を抜ける。

学校では教師たちは事件に触れないようにしている。
何事もなかったかのように知らないふりをして過ごし続ける。誰もかれも。
比較的日常を装って活動を続けている。
ただ一人、女子生徒が何週間も休んでいるということを除けば…。


アーケード街の色違いのタイルを踏んで足早に歩く。
通り過ぎる電気屋に背比べのように並べられた液晶テレビが不幸なニュースを映し出している。
同じ映像をいくつも映し出しているのは薬物中毒者が見ている世界を再現した映像のようで気持ちが悪い。

あんなに魔女狩り魔女狩りとうるさかった過激派は現在はとても静かだ。
あの時の威勢はどこへやったのだというくらい萎縮した様子で身を隠すように暮らしている様子が今報道されている。
世間は真っ先に彼らを疑っていた。しかし現実的なアリバイを前にそれは否定される。
それでは一体誰が?
疑心暗鬼になった人々は愚かなことにいろんなものを批判し論点はズレてそのうち忘れ去られていく。


何者かによって魔女が殺されたということを。


*


俺と陽菜子を同じ教室で授業を受けさせると多数のトラブルを起こすと判断されて以来、同じクラスになることはなかった。
だから明白な口実はないが、ぼんやりとした罪悪感や義務感を持って今日も好野家へ向かう。
こんな時でも陽菜子の母は仕事をしているし、父は海外にいる。
ならば誰が彼女を見ていてやるというのか。
……。

なんと無責任な。

ポケットから取り出した鍵に愚痴を吹き込む。
まだ新しく綺麗な銀色の鍵はキラリと光って俺を睨んだ気がした。

陽菜子が本当に求めているのは俺じゃない。
そんな簡単なことに彼女の両親は気づけない。
陽菜子の最近の目を見ればわかる。
俺は時に彼女の親の代替的な存在であると。


鍵を差し込んで回して重たく頑丈な扉を引っ張る。
いつものいい香りに混じって隠しきれていない重苦しい空気がうわっと襲ってきた。
綺麗に見えるだけの廃墟のような悲壮感を纏った家。
ほの暗い空気が二階から目の前にある階段をゆっくり滑り落ちるように流れてきている。
目に見えないが確かにそれを感じる。

ふと視線を感じてすぐ右にあるリビングの扉に目をやるとリビングの扉のガラス越しに寂しそうな瞳が二つ。こちらを見ている。
それは何か言いたげに小さく鳴いている。
皮肉なことに寂しさを正直に顔に出せるのは好野家では彼女のみ。

玄関の鍵を閉め、靴を脱いでその扉を開けてクリーム色の毛を撫でた。
動物特有の暖かい呼吸が手にかかる。
何度か毛並みに沿って撫でていると俺の脇をすり抜けて扉から玄関を覗き込みだした。

玄関扉の前に誰かの気配。
そしてチャイムが鳴る。
リビングの奥にある部屋からは誰も出てこない。陽菜子の母は留守らしい。
陽菜子はもちろん出られる状況ではないし仕方なくリビングを出てドアスコープを覗いた。

セーラー服の小柄な少女。
そこにいたのは鈴坂かなただった。
彼女はクリアファイルに入ったプリントを胸に抱えている。
陽菜子と同じクラスである鈴坂は学校から託されているのだろう。
前髪を気にして耳にかけなおす仕草をしているのがドアスコープ越しにわかる。
施錠を解いて玄関扉を開けると、完全に余所行きの顔をしていた鈴坂が俺を見て目を見開いた。
陽菜子か陽菜子の母が出てくると思っていたのだろう。
鈴坂は拗ねるように口を小さく固めて俺を睨んだ。

「…陽菜子ともう会ったの?」

「まだだ」

「あっそ」

短い会話の後、不満そうな顔をして俺を押しのけるように強引に中に入り、靴を脱いでさっさと二階へと上がっていく。
陽菜子は家族と俺以外とは会いたがらないそうだった。鈴坂は放課後何度もここへ足を運んでいるようだが陽菜子は顔を見せないらしい。
今日はどうだろうか。

俺は遅れて鈴坂の後を追うようにゆっくりと階段を上がった。
階段を上がった先には少し長い廊下がある。まっすぐ伸びた廊下の突き当りには洒落た小窓があり、重苦しい空間に橙色の光が差していた。
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