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□無題
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「父上、準備が整いました。」
「….そうか。では、参ろう。」
「はい。」


月が欠ける頃、行き先も分からぬまま、鹿ヨは父と共にある場所へと向かっていた。

鹿ヨは首都とはかけ離れた山の麓に住んでいた。首都は人が賑わい、盛んな場所ではあるが、鹿ヨは比較的静かで自然的な場所の方が好きだったのだ。それはもちろん、鹿ヨの父もそうだったのだ。


「鹿ヨ、今から少しついてきて欲しい所がある」
「…こんな時間にでしょうか?」
「今日の、この時間でしかできない事なのだ。なに、そんなに時間のかかることでもない。」
「…わかりました。」


鹿ヨは少し不安になりながらも、父の願いだと思い、こんな真夜中に住処から出てきたのだ。父が、何か特別なことをしてくれるのではないかと少しの期待とともに泥路を歩いた。

しかし、暫く歩くと泥路も酷くなり、緩やかな坂道を登り始める。この先は、きっと凄く急な坂道のはずだ。

昼間とは違い、鳥の鳴き声や、爽やかな風の音がない真夜中の散歩は、まるで出口のない真っ暗闇の迷路に閉じ込められたような気分だ。

(こんなにも夜の森は薄着味悪いのか…?)


「…父上、こんな奥山に用がおありで?」


突風が起きた。木々が激しく揺れるような風だった。まるで、鹿ヨの心の内を表しているかのようだった。否、この男も同じような気持ちではあるが。


「なに、そんなに心配することはない。鹿ヨ、君はこの村のためになる。」
「…はい?」
「さあ、いよいよだ。」


父が鹿ヨの言葉を遮ると、いよいよ頂上に達したみたいで、何やら、あまた火の玉が見えるではないか。

その数は優に100を超えていた。

「ヤーミン様、連れてまいりました。どうぞ、よろしくお願い致します。」

遠くで父の声が聞こえたと思った鹿ヨは振り返ると、自分の目を疑った。


「ヤーミン様!?」
「其方が鹿ヨか。いや、予想以上ではないか。」


目の前には、この国の、若くして皇后の最有力候補であるヤーミン様がいるではないか。どうして、このような首都から遠く離れたこの場所にいるのか。鹿ヨは全くもって理解ができなかった。


「ヤーミン様、どうしてこちらに。」
「なに、何も話を聞いてはいないということか。まあ、いい。時期に分かるだろう。」


すると、赤い点々とした光は鹿ヨを囲むように広がった。呆気にとられていると、ヤーミン様と話していた父が背を向けて歩いているではないか。


「父上!お待ちください!これはどういうことでしょうか?!父上!」


周りの輩に抑えられながら、背を向けた父を追いかけるように訴えた。すると、父はゆっくりと振り返る。


「鹿ヨ…。」
「父上!」
「私は、お前を誇りに思うぞ。鹿ヨ、御前を一人で育てて良かったと思っている。」


そう言ったと同時に父は背を向けて歩き出した。何度も何度も呼びかけても父は鹿ヨの元には帰ってこなかった。







「父に置いていかれたことが、そんなに悲しいのか?」
「…」


あれから西に3kmは歩いている。一体何処に行くのだろうか。

すると、列を作っていた赤い炎が急に止まった。前方を歩いていた皇后が馬から降りると、此方まで歩み寄りなさった。


「おお。もうこんな所なのか。鹿ヨ、我はここで失礼する。其方の顔を一目見たく、此方まで来たが良かった。後は貴人たちに任せている。」
「皇后様、あの、僕達は何処へ?」
「さあな」


そう言えば、皇后様は先程からいらっしゃった100あまりの付き人を連れ帰りなさった。


さて、こちらには貴人と呼ばれるものが10人程度いるだけで、先ほどの付き人は全てあの方のためにおいでなさったのだと知った。

鹿ヨは溜息をついた。どっと疲れが出てきたのだ。なにせ、あの皇后様と一緒にいたのだから。本当に今でもわからない。あの有名な方がなぜ自分の元に来たのか。


『〜〜!!』
『〜?』


そこからまた西に5kmほど進んだところで何やら聞いたことのない言葉が聞こえてきた。


「ニーマン殿、今の声は?この辺だったはずだが?」
「ええ、お察しの通り」


前方の方で聞こえてきた声は気の所為ではなく、先程の声のものが前方を塞いだ。


『〜〜?』


何やら違う言語が聞こえると、ニーマンと名乗るものが前に出て、その異国人と異国語で話し始めたのだ。


すると、ニーマンは鹿ヨの腕を引き、異国人の前へ出す。


『此方が鹿ヨという者です。大清の小さな村に住んでいる、歳は22歳のものです』
『ほう、此の方がそちらの村の"生贄"ということですか?予想以上で少し驚いています。』
『…これで、村との争いは無かったことにして下さるのですよね?』
『もちろんです。そういう、契りでしたから』


ニーマンと名乗るものが異国人と話し終えたかと思えば、異国人が鹿ヨの手を引いた。鹿ヨの頭の中は疑問だらけであったであろう。
何を隠そう、鹿ヨが住んでいる村と朝鮮という国とで争いがあったそうだ。村とはいえ、大陸の大清という国は国自体はもちろんの事だが、村自体も勢力を伸ばしていた。そこで、その村が朝鮮に争いを挑んだが、結果は惨敗だったそうだ。


「え?あの、どういうことでしょうか?」
「…」
「ニーマンさん?」
「なにも、」
「…え?」
「何も知らない方が良いかもしれない」


そう言ったと同時に鹿ヨの腕は縄で固く結ばれ、ニーマンという男も去っていった。


「ニーマンさん!お待ちください!」


そう言った声は虚しく、ニーマンは去り、鹿ヨは異国人たちと共に取り残されたのだった。

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