黒白Rhapsody(D.Gray-man)

□第10夜
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アレンの言葉が終わると同時に、スーマンの身体がぶくぶくと不気味に変形し……破裂した。
目の前に広がる血の海…
それはスーマンのもの。でも彼はもういない。

「バイバイ、スーマン」

声は私たちの後ろから聞こえてきた。

「ノ…ア…」

黒いタキシードを着た紳士的な男性だった。
浅黒い肌、左目の下の泣きボクロ、孤を描いた唇、獲物を狙う野獣のような視線…
その姿はスーマンの記憶の中で見たあのノアだった。

「おいで、ティーズ。」

するとスーマンの亡骸がら現れたたくさんの蝶。
すべての蝶が男の掌に吸い込まれていった。

「まぁまぁデカくなったかな。」

彼は蝶を大きくして手から出現させると愛おしそうにキスをする。

「お前…!?何をした…っ」

すると男はきょとんとした。

「はれ!?お前…っイカサマ少年A?」
「は?」
「ああ、そっか。今のオレじゃわかんないよな。
それじゃ、お前はあの時のお嬢ちゃんか。」
『?』
「てかお前もしかして“アレン・ウォーカー”だったりするの?」

その瞬間、アレンが男の頬を左腕で殴った。

「ふざけるな。スーマンに何をした…っ!?
お前が殺したのか?答えろ!!!」
「はは…そりゃ敵なんだし、殺すでしょ?」
『第一、人に名前を尋ねるなら自分の方から名乗りなさいよ。
どうせ私たちを殺すつもりでしょ?
だったら教えてくれてもいいんじゃない?』
「お嬢ちゃんのそういうところ、好きだぜ。
オレはティキ・ミック。よろしく。」
『ノア…ロードの知り合いね。』
「おぅ。ま!オレの能力知ったところで逃げらんないし教えてやるよ。」

そう、今の私たちはボロボロ。
立ちあがることさえできない。

―最悪だ、僕がもっと強ければ…アヤだけでも逃がしてあげれたのに…―

『私は逃げないわよ。』

私は彼に微笑んだ。
彼なら自分の命を賭けてでも私を逃がそうとするだろうから。

『ずっと一緒にいる。』
「いい雰囲気のトコ悪いけど。」
『その蝶は?ティーズだっけ?』

いくら敵とは言え話の腰を折ることは失礼だった。
だから話の筋を戻してあげた。

「そう、千年公作の食人ゴーレムだよ。
蝶なところはあの人の趣味な。」

ティキは蝶を手に止まらせながら言う。

「こいつらは人間を喰う程繁殖して増えていく。
でもこれはこいつらの能力であってオレのじゃない。ティーズはただの道具。
オレの能力は…これ」

そう言うとティキはアレンの身体に腕を刺した。

『!!』
「大丈夫、痛みはないよ。
オレが“触れたい”と思うもの以外、オレはすべてを通過するんだ。」
『やめて!!』
「静かにしてくれ、お嬢ちゃん。
だからな、少年。もしこの手を抜きながら、オレが少年の心臓に触れたいと思えば、刃物で体を切り裂かなくてもオレは少年の暖かい心臓を抜き盗れるんだよ。」
『!!それって、イエーガー元帥と同じ…
彼も貴方が殺したの!?』
「あぁ、あのジィさんな。」

ティキは笑いながら、アレンの心臓に触れる。

「生きたまま心臓を盗られるのって、どんな感じだと思う?
少年の仲間もこうして死んでいった。少年も死ぬか?」

しかしアレンは恐れずティキの顔を真っ直ぐ見詰めていた。

「シラけるね。」

彼はアレンから腕を抜くと、苦笑した。

「盗りゃしねェよ。このままじゃオレの手袋汚れるもん。
だから普段はティーズを手につけて喰わせてんだ。
スーマンは協力してくれたからティーズの苗床になってもらった。
残念だよ、少年。白いオレん時に会えてれば、もう一度カードで勝負したかった。」

彼の懐からトランプのカードが現れた。

「オレ、今とある人物の関係者を殺してまわってるんだけどさ。
少年は“アレン・ウォーカー”か?
そしてお嬢ちゃん、あんたは“羽蝶アヤ”だろ?」

するとカードがしゃべった。
否、正確にはカードに住む囚人セル・ロロンがしゃべった。

「正〜解でございまぁ〜す
こぉ〜いつがアレン・ウォ〜カァ〜。そこの女が羽蝶〜アヤ〜。デェ〜リィトォ〜!」
『やめて!彼から離れて!!』
「お嬢ちゃんって賢いね。少年のことを絶対に名前で呼ばないなんて。」
『名前を知ろうが知るまいがどうせ殺すんでしょ…』
「あぁ。よく分かってんじゃねェか、お嬢ちゃん♪」

煙草を投げ捨てると、ティキはぐっとアレンの身体を投げ飛ばす。
アレンは地面に体を強くぶつける。
彼に近寄ると私はバランスを崩してアレンの横に倒れた。

「じゃあ、まずイノセンスの野郎から逝こうかな?」

弾む声にひそむ殺意。
ティキの手がアレンの左腕と私の右腕に伸びる。
そしてイノセンスの接合部に触れ閃光が走った。

「『えっ…?』」

何が起きたのか分からなかった。
ただ突然全身を激しい虚無感が襲い、そのまま私たちの腕が無残な形で転がった。
がしゃんと転がっているのは間違いなく私たちが所有していたはずのもの。

「知ってた?イノセンスって破壊できんだよ…
オレらノアの一族と千年公はね。」

…破壊される。
両親を壊した腕が…
私の半身、大切な力が…
アレンが引いて歩いてくれる腕が…

「やめろ…」

彼も同じことを考えているのが表情から読み取れる。

『お願い、ティキ…やめて…』

それでもティキは手を止めない。
氷のような微笑みを浮かべたまま、私たちの腕を見下ろすだけ。

「今まで殺して奪ったイノセンスはもう全部壊してる…
“ハート”だったらお前らのもっているイノセンスは全部消滅する。
それがあたりのサイン…さてお前たちのイノセンスはどうかな?」

ティキは私の横にあるスーマンのイノセンスを指差す。

「…そこの、スーマンのイノセンスだろ?
お前らの腕を壊して、スーマンのが消滅すりゃ、どっちかが“ハート”ってことになるんだ。
1個ずつ壊すべきだろうけど、面倒だからいいよな?」

万が一、私たちのイノセンスがハートだったらこの世界は終わる。闇に包まれてしまう。

「…やめろっ!」

そしてティキは光る手を私たちの腕にかざす。
声を出せない私の代わりにアレンが叫んだ。

「やめろぉおおおおおおぉっ!!!」

バン

大きな爆発音と共に腕が粉々になる。
そしてイノセンスがティキの手に握り込まれ…

ザアアアアアアアアアァァァ

ティキの手から砂粒のように細かくなったイノセンスがばらまかれた。

「…なんだハズレか。」

スーマンのイノセンスは無事。
私たちのイノセンスはハートじゃなかった。
世界はまだ生きている。
それだけが私たちを安心させた。

「ま、今回のオレの仕事は要人の暗殺だしな。」

私たちに向かって足を進めるティキ。
私たちはもう逃げられない。

―スーマンのイノセンスだけでも守らないと…―

「逃げろ、ティム…」

アレンが自分に寄り添うティムキャンピーに向かって告げる。
ティムは羽をぴくんとさせる。

「スーマンのイノセンスを持って逃げろ…行け」

ティムキャンピーは全身を振って拒絶した。
私もティムを促す。

『行きなさい、ティム。
あなたがいないと、みんなが師匠の所に行けないわ。』
「行くんだ」

ティムはおずおずとスーマンのイノセンスに近付きそれをぱくんと咥えた。
そして私たちの方を振り向くこともなく空へと飛び立った。
リリーは私の服の奥に隠れる。
製造者である私から離れる気はなさそうだ。

―…リリーがいなくてもみんなは師匠の所に行ける…
一緒にいてくれてありがとう…リリー…―

「ま…賢明な判断だな。」
『ありがと、ティム…』

―そして…さよなら…―

そんな私たちの隣でティキはティムを追うよう、テレパシーでアクマたちに伝える。
「追え…アクマ共…」と。
そしてティキは小さく笑うと私の横に立った。

「お嬢ちゃんのこと、好きなんだけどな…残念だ。」
「待て、ティキ。彼女だけは、殺すな…」
「それは出来ない相談だ、少年。お嬢ちゃんも敵なんだから。
…少年、お前に残酷なものを見せてやるよ。」

ティキは手にティーズをつけると私の左胸に突き刺す。
何が起きたか分からないまま心臓に穴があいたのを感じた。
そこから血が流れ“死”が近付いてくる。

『くはっ!!』

口から血を吐き、私は涙を流した。

「アヤ!!!!!!」

アレンの声が聞こえるが、返事ができない。
もう彼の名前を呼べない。
言いたい言葉がたくさんあったのに。

ありがとう…
出逢えてよかった…
一緒にいたかったな…

…大好きだよ、アレン


「アヤ!!!!!!!!」

アレンの叫び声が空に響く。
ティキはそんな彼に向きなおる。

「どうだ、少年?自分の無力さが分かるだろう?次は少年の番だ。
早く逝ってやれよ、大切な少女が独りで待ってるぞ?」

守れなかった。
一緒に歩くと誓ったのに、また独りにしてしまった…
僕が無力だから…

「アヤ…」
「心臓に穴を開けるだけにしろよ、ティーズ…
こういう勇敢な奴は死ぬまでほんのちょっぴり時間を与えてやった方がいい…
心臓から血が溢れ出し、体内を侵す恐怖に悶えて死ぬ…」

そう言いながら歩み寄るティキでアヤの姿が隠れる。
ティキの顔を見ると、残忍な笑みを浮かべていた。

ブシュ

血の噴き出した音が短く響く。
血のにおいが周囲を包む。
アレンは血を吐き、紅い血の涙を流す。
そしてティキは戦利品とでも言うように、私たちの団服から銀ボタンを1つずつむしり取る。
ボタンの裏に刻まれた名前を確認し満足げに笑った。
アレンの団服から、ティキが以前渡したトランプがはみ出た。

「返してもらうよ。」

そしてティキはトランプを私たちの上に撒き散らした。

「…よい夢を」

彼は去る前に私の髪を撫で、頬に手を添えて言った。

「さようなら、お嬢ちゃん…」

それは悪夢のような出来事だった…
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