黒白Rhapsody(D.Gray-man)

□第14夜
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私たちはリナリーの意識が戻るまで江戸から少し離れた場所にある石橋の下に身を隠した。
とはいえ、周辺には何もないため隠れているとはお世辞にも言えない。
出来ることならもっとマシな所に腰を落ち着けたいものだが仕方ない。
意識のないリナリーや、衰弱が深刻なミランダ、ブックマン、クロウリーのためにも。
ミランダは眩暈に耐えながらみんなの過去の傷を吸い出す。
もう彼女の身体も限界だろう…
神田やマリが見張りをするなか、私とアレン、ラビはリナリーの傍らに座っていた。
そこにティエドール元帥の声が聞こえてきた。

「改造アクマ、生成工場(プラント)、ノアの方舟ねェ…
私が日本に来たのは適合者の探索任務の為なんだよ。
あの男に協力する気はサラサラないんだ。」

“あの男”…それがクロス・マリアンを示すことは誰にでもわかる。

「自分以外の人間は道具としか思っていないというかさ。
護衛のキミたちは、マリアンと改造アクマの立てた筋書きの囮に使われたんだよ?わかってる?」
「はい、警告を受けた上で来ましたので、予想はしておりました。」

溜息を吐くティエドール元帥。
そんな彼に私は1つ言わなくてはならないことがあった。

『ティエドール元帥、師匠が酷い人間だということは分かっています。
しかし改造アクマたちのことは悪く言わないでください。
彼らは元々他のアクマと変わらない殺人鬼でしたが、師匠に改造されてからは優しい友人でした。
クロス部隊を案内したサチコは私が師匠と共に改造したものです。』
「…そうか、すまない。」
『責めるつもりはありません。
それに貴方が言いたいことも理解できますから。』
「…待て、アヤ。
お前もちょめ助を改造したのか?」
『ちょめ助?サチコのこと?
彼女は大切な友達だったわ。』
「ちょめは巨人アクマとの戦闘で壊れたさ。」
『知ってる。もし戦闘中に壊れなかったとしても彼女は自爆していたわ。
殺人衝動が抑えられなくなったら自爆するよう師匠がセットしていたはずだから。』
「…そうか。」

ラビが哀しそうに俯いた。
私はポケットの中にあるサチコに渡されたダークマターを握る。
そして再びティエドール元帥に真っ直ぐ視線を送った。

『今、この世にエクソシストは何人いるんですか?』
「教団にいるヘブラスカにソカロとクラウド、マリアン、そしてここにいる10人…
だから今は千年伯爵と戦う時じゃないし、キミ達はそれまで生きながらえるのも使徒としての使命だと私は考える。
クロス部隊は即時、戦線を離脱すべきじゃないかな?」
『すみません、それでも私はここに残ります。』
「どうしてだい?キミがクロスの弟子だからかい?」
『いいえ。ここまでの道となってくれた人たちの命を無駄には出来ません。』

先ほどアニタたちも死んだとラビから聞いた。
生き残ったのはエクソシストと船員3人だけだ、と。
そしてアニタからの伝言も。
私は涙を一筋流しながら、そっと彼女から貰った髪留めに触れる。

『それに師匠の弟子として、彼の任務を手伝う義務があります。
日本がアクマの楽園ならプラントもあるはず。そうでしょう?』
「…」

―この娘は賢いなぁ…―

ティエドール元帥は頭を掻いた。

そんな空気の中、小さな呻き声と共にリナリーがゆっくり瞼を開いた。

「『リナリー…』」

私とアレンは優しく彼女の名を呼ぶ。

「アレン…くん…、アヤ…?」

まだはっきりしない意識の中、リナリーは私たちを必死に呼ぶ。
私はその呼びかけに頷いて彼女の短くなった髪を撫でた。

『遅くなってごめんね。』
「すみませんでした、リナリー。」

アレンの口から零れる謝罪の言葉。
スーマンを救えなかったことへの謝罪。
私もアレンの隣で小さくごめんと呟いた。
しかしそんな私たちにリナリーは微笑んだ。

「どうして謝るの…?
スーマンのことなら2人は救ってくれた…
無惨に殺されただけじゃないよ。
スーマンの心はきっと救われてた…」

そしてリナリーはアレンの手を握った。

『ただいま、リナリー。』

私の笑顔に弾かれたように飛び起きたリナリーは私とアレンに抱きつく。

「おかえりなさい…アヤ!アレンくん…!!」

彼女の瞳からとめどなく美しい涙が零れる。
その涙に釣られ私たちの目にも思わず涙が浮かぶ。

「ただいま…リナリー。」
「あらー泣いちゃったさー」

ラビがアレンをからかう。

「ラビも泣いたくせに。」

リナリーの意地悪なツッコミにラビは頬を赤らめた。

「なっ、泣いてねぇさ!」
「あははは…」

暖かい空気が私たちを包む。
たくさんの笑顔が溢れていた。
その光景にティエドールは小さく呟く。

「なるほど、あの子が神田の好きな女の子か。」

その言葉に神田は顔を真っ赤にして咳き込む。

「げほげほ…何言ってやがるっ!」
「今さら隠すまでもないだろう、神田?」

何を喉に引っ掛けたのかしらないがむせ返る神田の背を撫でながらマリは笑った。

「そうそう、弟子は我が子同然だから、お相手がどんな娘さんか気になるんだよ〜
羽蝶アヤちゃん…賢くていい子だ。」

ギャーギャー騒ぐアレンとラビの横で私とリナリーは再会を喜んでいた。
そこにピシッという小さな電気が走る音が聞こえた。
そして目に映ったのはリナリーの下に現れた眩い光りを放つペンタクル。

『ヤバい!!』

私はリナリーの腕を引き抱き寄せる。しかし遅かった。

『くそっ…』

そのまま私とリナリーはペンタクルが描かれた地面に呑まれていく。
ケンカをしていたアレンとラビ、そして後方に控えていた神田やクロウリーが立ち上がる。

『アレンっ!!』
「アヤ!」

私が伸ばした腕をアレンが掴む。
そして私たちを追ってきたラビ、チャオジー、神田、クロウリーは光に呑まれた。
強い光の後、私たち7人は消えた。

「…き…消えた…!?」
「チャ…チャオジーがいない…!!」
「ラビ…クロウリー、神田も…」

残された者たちは私たちが消えた地面を見下ろした。
そんな彼らの上に広がる空に巨大なキューブが現れた。
こうして歴史の闇に消えたノアの方舟が、伯爵の手によって再びこの世界に出現した。


どこまでも落ちていく…
息をするのもツライほどの引力を感じながら、先の見えない暗い異空間を落ちていった。
その途中、私は誰かの腕に抱かれた。

「アヤ…」

耳元で呼ぶその声は間違いなくアレンのもの。
私は胸に抱いたリナリーを片手で抱き、もう片方の手をアレンの背に回す。
そのまま落ちていった。
7人が胸に抱いた想いは、その手に掴んだ仲間をけして離すものかというものだけ…

どれほどの時が過ぎたのか…
長かったかもしれないし、短かったかもしれない。
だが終わりは始まりと同じくらい突然訪れた。

「どわぁああああああああああ」

誰のものかも分からない悲鳴が響く。
そして「ぐえ」「ぶにっ」と複数のくぐもった声がして、私はアレンに抱きついたまま地面に身体をぶつけた。

『痛っ!』
「つっ…潰れるう゛っ」

アレンの苦しそうな声がする。
ちょっと今の状況を簡単に説明しよう。

下から、リナリーを庇うように抱きしめ、アレンの背中に手を回したままの私。
地面に背中がぶつかり痛い。
そして私の胸に抱かれたリナリー。
私が腕をまわしているアレンは私とリナリーが潰れないように、腕で男4人の体重を支えている。
その上で目を回しているラビとチャオジー。
神田はクロウリーに潰されムカついているようだ。
私はプルプル震えるアレンの腕を見て叫んだ。

『いつまで乗ってるの!?早くどきなさい、馬鹿者どもっ!!』

私の声にエクソシストたちが悲鳴をあげながら降りていく。
そして私はアレンに抱き起こされた。

『アレン、腕大丈夫?』
「…どうにか。」

彼の額に汗が流れる。
そりゃ、重いだろう。成人男性4人分の体重をその細い腕で支えていたんだから。

「なんだこの町は。」

辺りを見渡した神田が唖然としたような声を漏らす。
それはあの美しい南国の街並み…
みんながその美しさに息を飲む。

『!!ここって…』
「方舟の中ですよ!」
『でも、どうして…?』

声を上げたアレンの胸倉を神田が掴む。

「なんでンな所にいんだよ。」

その手をアレンは左手で払いのける。

「知りませんよ。」
「ケンカはダメである…」

私はリナリーを抱いたまま、ケンカを止めようとするクロウリーの肩を掴む。

『無駄よ、この2人はいつもこんな感じだから。』
「…そうであるか。」

すると私たちが起き上った所を見たラビが叫んだ。

「おっ、おい!?変なかぼちゃがいるさ!!」

私たちの体重で潰れたかぼちゃがあった。
ラビの声にアレンと神田もケンカを止める。
そこにいたのは伯爵の愛用傘、レロだった。
覗きこむ私たちの視線を感じ意識を取り戻したレロは、しまったというような顔をした。

「…ど、どけレロ、クソエクソシスト!ぺっ!!」
「しゃ…しゃべった!」

言われた内容はあんまりだが、言葉を話すことの方がラビを驚かせた。

「「お前か…」」

ラビの横からアレンと神田が地を這うような低い声でレロに迫る。
ジャキンと金属がぶつかり合い音を立てる。
アレンの鋼鉄をも引き裂く刃の爪がレロの身体をやんわりと掴み、神田の六幻がレロの頭と体を引きちぎろうと食い込んでいく。

「キャーーーーーーッ!!」

悲鳴を上げるレロは敵でありながらもちょっと可哀想。
神田はレロを鋭い眼光を放つ瞳で睨み、アレンはやたらと優しい笑顔を向ける。

「スパンと逝きたくなかったら、ここから出せ、オラ」
「出口はどこですか?」

―怖い…―

神田の鋭い瞳も、アレンの笑顔も怖い。
私はラビと共に震えていた。

「でっ…出口はないレロ」
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