黒白Rhapsody(D.Gray-man)

□第35夜
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ワイズリーは私とアレンの逃走劇を楽しんだ後、意識の中でロードに語り掛けていた。

「ロード、我らが同胞よ…
まだアポクリフォスに負わされた傷は癒えぬか…ロード…」

すると小さな光がワイズリーに近付いてきてロードの顔を形作った。

「まだ今はその姿が精一杯か…
ワタシの魔眼でやっと見つけられる程度なんだのう。
おぬしが庇い助けたアレン・ウォーカーは今消滅の危機にさらされておる。
“ネア”…ノアの大洪水から長きに亘るノア13使徒の歴史のなかで起こった予期せぬ生誕、不意に現れた存在…異例の14番目のノア…
35年前、千年伯爵によって葬られたネアはアレンに自身の記憶を植えつけ、その肉体からついに孵化しこの表舞台へ帰ってきた…
奴が狙うは今度こそ千年伯爵の首だろう…」

そのときワイズリーの中にあるノアメモリーが暴走を始めた。
許さない、憎いと叫び続けている。

「ワタシの中にある“智”のノアメモリーがどす黒い憎しみと怒りに染まってゆくのを感じる…
裏切者のネアに対して深く…っ!!
飲まれてはならん…ノアメモリーに飲まれれば我を失い操り人形と化すだけ…!」
「“ねあ”はぼくらとちがう…
だから…こわい…
“せんねんはくしゃく”がいなければ…ぼくら…“はーと”にほろぼされてしまう…」
「奴は何を成そうとしているのかおしえてくれ、ロード…
ワタシの魔眼でもこればかりは見通せぬ。
…いや、見通せるようなものではないやもしれん。
すべては“マナ”という迷宮の闇へと繋がるのだから。
ネアの存在は我らノアの絆に亀裂をもたらしかねん…」

するとそんなワイズリーの意識にティキの声が割り込んできた。

「おい…起きろ、ワイズリー!!」

―邪魔が入ったわ…またな、ロード…―

「グースカ寝てんじゃねぇよ。働け!千年公は?」
「あぁ!?千年公ならワタシの隣で編み物しとるじゃろうが。」
「どこで?」
「だからとなりで!編み物を…」

ティキとワイズリーが馬車の中でワイズリーの隣を見るとそこには編み物の道具だけがあって伯爵の姿はなかった。
ティキは頭を抱え、ワイズリーは顔を青くした。

「のぉおおおおお!!?」
「おまえにまかせたオレが馬鹿だったわ…」
「双子チームがアポクリフォスを捕まえたようだぶー」

馬車の横にはフィードラが座っていて、舌を伸ばすとそこには目がコロコロとくっついていた。
そのうちのひとつが話し始める。

「双子からぶ。」
「アポ野郎はジャスデビ様とデザイアス、マーシーマで連行中ぅ〜
おまーらもさっさと来いや、ティキ!」
「ヒッ!来いや、ヒッ!」
「千年公がどっか行っちゃったってむこうに伝えるぶ〜〜〜?」
「捜せ、ワイズリィイイイイ!!」
「魔眼発動ぉッ」


同じ頃、アレンはゆっくり千年伯爵に歩み寄っていた。
ジョニーは弾き飛ばされたときに意識を失っていたらしい。
私は少し離れた場所に立ったまま動かない。

「マナ=D=キャンベル…そウダ、マナ=D=キャンベル!!
そんな男がいマシタ…ッ
アイツがネアと我が輩を殺シ合わせタ…!!」

そのときアレンがピクッと何かに反応し、暴れていた左腕は元の形に戻った。

【アポクリフォスとの共鳴反応が治まった…】

「さてはノアたちとデートかな?まあいい。
…こっちは35年ぶりのデートなんだしね。」

そこに立っていたのはアレンではなくアレンの姿をしたネアだった。
彼が変わったのと同時に私の意識も闇に落ち、歌姫…ディーヴァが目を開けた。

「…やぁ千年公。オレだよ。」

アレンは笑顔で伯爵に向けて手を広げながら歩み寄った。

「オレだ、ネアだよ。やっと会えたね。」

すると伯爵は仮面を捨ててアレンに抱き着いた。
私はそれをただ見守るだけ。

「ネア…ッ」

伯爵の仮面は小さくなり最終的には地面に消えた。
アレンは伯爵の背中に手を回そうとして一瞬その手を止めた。

「ネア…裏切りモノのネア…
我が輩を破壊そウ(殺そう)トしたネア…
我が輩ニ破壊されタネア…
ダイキライなマナの…ネア…」
「…」

伯爵の目から涙と共に血が流れた。

「どうして我が輩ノ前から消エナいのデス…
我が輩にハ使命がアルのデス…ナノニどうシて…ドウして我が輩は…
どうしてこんナニおまえなンカノソバに居たいと思うのデスカ…」

アレンは目を閉じるとぎゅっと伯爵を抱きしめた。
そして暫くして身体を離すとそっと伯爵の頬を撫でた。

「顔変わったな…オレを思い出すから変えたのか?」

伯爵の中で一瞬だけ鼓動が大きくなって割れた鏡と血だらけの自分の姿が過ぎる。
だがそれも一瞬のことですぐに彼は首を傾げた。

「ハ?我が輩はズットこの顔デスヨ。」

アレンはきょとんとするとすぐに寂しそうに微笑んだ。

「顔と一緒に記憶も潰したか…」
「?」
「ふ…悪役のくせにほんと弱っちいなぁ…」

アレンは伯爵の胸に手を置いて切ない笑みを浮かべたまま言葉を続けた。

「どうしてオレのそばに居たいのか、本当にわからない?
あの燃えるような夕焼け…風の音も…ほんとうに忘れ去ったのか…一面の黄金色も…
七千年の悠久を生きる千年伯爵が心残した景色…」

過去の伯爵は小麦畑の中にある木の下である女性と出逢った…

「オレたちの母さま…カテリーナ。
母さまは赤ん坊にマナ=D=キャンベルとネア=D=キャンベルの名をくれた。
瓜二つのマナとネア。ふたりは双子の兄弟として育てられた。
だがオレたちは双子じゃない。母さまも本当の母親じゃなかったんだ。」

アレンは伯爵の頬を両手で包み見上げながら言った。

「この七千年の間でたった一度だけ千年伯爵がこの世界から消えたことがある、ある時ぱったりと。」

伯爵と出逢った女性は木の下で伯爵のシルクハットを見つけた。
そして近くには彼の服が広げられていてそこに残っていたのは風と…2人の赤ん坊だった。

「わかるか、マナ!」

アレン…ネアは伯爵を迷うこともなくマナと呼んだ。

「それがオレたちなんだ。
ネア(オレ)とマナ(おまえ)!!
オレたちはもとは“ひとつ”だった。“千年伯爵”だったんだよ!」

これには歌姫となった私も目を見開いた。

―伯爵がマナで…マナとネアは本来“千年伯爵”というひとつの存在だった……!?―

私が驚いている間にもアレンは言葉を紡ぐ。

「母さまはウソをついていた。
オレたちはもとは“ひとつ”の存在…
マナとネアは血を分けた兄弟ではなく、文字通りの分身だったんだ。
だが結局あんたによってオレたちは元の“ひとつ”に戻ってしまったけれどね。
元の“千年伯爵”に。現在のあんたに!
なあわからないか、マナ?
千年伯爵が千年伯爵でなくなり、オレたち“ふたり”になったあの17年間を。
オレを喰ったあの日をあんたほんとうに忘れているのか?」

伯爵はすっと意識を飛ばしたかのように過去を思い出していた。
彼は鏡の前に立つ自分に向けて手を伸ばす。

「ああ…ネア…そこにいたんですね、鏡の中に…」

だが鏡に映るのは自分であってネアではない。


許してネア…すべてぼくのせいです…ぼくのせいで、キミは…
ぼくは“千年伯爵”の役をまっとうしなければならない。そうしなければならないんです。
ハートを滅ぼさなければ…それしか道はない…
でなければぼくは…っ
だから…だからぼくはネアを喰った…

「うあぁああああああああ」

―ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…!!!!!―

彼は泣きながら何度も謝り狂ったように叫んだ。
顔を引っ掻いて血を流し鏡を汚した。

「どうしてこうなった…何を間違えた…何が悪かっタ?」

そして彼は鏡の中にいるマナとしての人格と、身体にある意識を別として構成したのだ。

「悪いのはマナだ…マナがブチ壊シタ…
ごめんなさいでスッテェ?♡」

鏡に映るマナも、マナの実態であり千年伯爵となる本体も涙を流す。
だが伯爵の身体は血で汚れてボロボロだった。

「マナぁ…おまえさえいなければこ〜んな惨めなことにはならなかッタ…
“マナ”(おまえ)のせいだ、“千年伯爵”(ぼく)じゃナイ…
マナが全部の元凶デスヨ!!!
ぼくは…ぼ…わ、我が輩は…我が輩は…“千年伯爵”とシて計画の邪魔になるものを排除するマデ♡
“暗黒の三日間”の発動ッッ♡
それこそ我が輩の存在理由(レゾンデートル)!
アダムより与えラレ、我が輩自身が受諾しタ役目なノデス♡」

―ぼくを…追い出すの…?―

「マナなんて元々いなかッタ!
ネアもカテリーナが戯れで名付けたただの幻だったのデスヨ!
我が輩は“千年伯爵”以外の何物でもナイ!忘れタのデスカ。
おまえにはアダムやノア…この世界に対して次ぐわねばならぬ大罪があるこトヲ!!」

―やめて…もうやめて…!―

鏡の向こうにいるマナは頭を抱えて耳を塞ぎ泣きわめく。

「“千年伯爵”だけが…それダけガ…ッ
我が輩の名は…それだけでいいのデス…
だから“マナ”(おまえ)は消えロ!」

―まって…ぼくに…は…―

こうしてマナの存在は伯爵の中で抹消された。
たとえそれが彼自身であろうとも。

「ああ…この顔も邪魔でスネ…マナを思い出ス…ネアも…
二度と戻ってこないでくだサイ…マナ♡」

彼は自分の顔に向けて爆発を起こし記憶と共に顔を潰したのだった。
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