カミツレの涙(図書館戦争)(完)

□状況一六
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小牧が業務に戻り、壁を殴ったことでできていた私の手の傷もなくなった頃、私のもとへ一通の招待状が届いた。
郵便受けを見て私に何かが届いていたことに驚きつつ、それを手に部屋に戻り差出人を見た途端息を呑んだ。

『なっ…どうして…今更…』

そこに書かれていたのは七瀬順一、牧子…私の両親の名前だった。
私は夜も更けてきていることなんて関係なく寮を出ると物陰に入って誠二へ電話を掛けた。

「…もしもし、七瀬です。」
『お兄ちゃん!』
「朱音…?」
『ちょっといい?』
「…掛け直す。少し待っててくれ。」

私が彼に連絡を取るほど緊急の用件だとわかったらしい誠二は会議室から社長室へ移動して周囲に誰もいないことを確認すると私に電話を折り返した。

「…待たせたな。どうした、お前から連絡なんか珍しいじゃないか。」
『父さんと母さんから馬鹿げた招待状が届いた。』
「…は?」
『今更なんだって言うの…』
「待て…あの2人は今フランスにいるはずじゃ…」
『そんなこと知らないわよ…
招待状の消印は日本のもの。帰って来てるんじゃない?』
「そんなバカな…だってもう会社に居場所はなくして会長職をとりあえず名乗らせたまま海外に追いやったはずだ…
俺のところには何も連絡はないぞ!?」
『会社に連絡がないだけで家には?』
「…帰ったら確認してみる。」

彼は実家ではなく会社近くの高級マンションで一人暮らしをしている。
そのため実家に両親が戻っていても気付きはしないだろう。

『…明日お兄ちゃんの家に行く。そこで少し話したい。』
「わかった。業務が終わったら来い。
エントランスのロック解除キーと合い鍵の場所は後でメールする。」
『うん、お願い。』
「…おやすみ。」
『おやすみなさい。』

電話を切ると私も誠二も同時に近くの壁に背中を預けて空を仰いだ。

―まだ俺たちを振り回すのかよ…―
―いつになったら私もお兄ちゃんも解放されるの…―

「朱音?」
『あ、篤さん!』
「そんな薄手で…こんな時間に何してる!?」
『えっと…お兄ちゃんに電話を。』

その言葉に彼は事情を理解したようだった。
出版社に務める誠二は図書館内では疎まれる可能性が高い。
なぜなら出版社には良化法の息がかかっており、その限られた範囲内で書物を出版しているからだ。
図書隊とはなかなか解り合えない立場にあると言ってもいい。
そんな相手と親密に話しているところはあまり見られない方がいいに超したことはない。

『…明日お兄ちゃんの家に行って来る。』
「泊まりか?」
『そのつもり。久しぶりに話したいことがあって。』
「そうか…何にせよそんな薄手で夜に出歩くな。女の自覚を持て。」
『ごめんなさい…』

彼は私の髪をくしゃっと撫でながら歩く。
共有スペースまで来ると彼は私が女子寮に姿を消したのを確認して自室へと歩き出した。

―誠二と話すこと、か…何事もなければいいが…―

翌日、業務を終えた私は着替えなど必要最低限のものを鞄に詰めると寮監に一言残して基地を出た。
タクシーを止めて誠二の住むマンション近くの駅で降りる。
そこから歩いてマンションへ入るのはタクシーの記録にマンションの位置や私が使った形跡を残さないようにするためだ。
どこから情報が盗まれ、私が出版社の社長である誠二と会ったことが知られるかわからないため面倒だが配慮が必要だった。
誰にも見られていないことを確認しながら誠二にメールで教わったキーでロックを解除しマンション内に入り、合い鍵を隠し場所から出して部屋に入る。

『お兄ちゃんらしい…』

整理が行き届き片付いた部屋にはたくさんの本があり、すべて綺麗に整頓されていた。
彼が戻るまであと1時間ほどありそうだったため簡単な軽食を作って待つことにした。

『勝手に冷蔵庫を開けても怒ったりしないよね。』

―というより、妹を部屋へ上がらせるってことはまだ恋人いないのね…―

困ったように息を吐きながら調理をしていると誠二が帰って来た。

『おかえり。』
「あ、ただいま…なんか懐かしいな。」
『2人で暮らしてたときはいつもこんな感じだったもんね。』
「美味そうだな。」

彼はジャケットを脱いでネクタイを緩ませながら私の手元を見て笑う。

『もうちょっとでできるから着替えてシャワー浴びてきたら?』
「そうする。お前、シャワーは?」
『先に借りたよ。それから勝手に冷蔵庫の中のもの使わせてもらっちゃった、ごめん。』
「構わないよ。」

シャワールームに入っていく彼を見送って料理をテーブルに並べて、近くにあったワインをグラスと共に出した。
ソファに座って誠二を待っていると私の鞄に小包が入っていることを思い出した。

―そういえばこれ…業務が終わったときに篤さんから渡されたんだけど…―

そっと開くと花柄の可愛くとも落ち着いたデザインのシュシュが入っていた。
一枚のシンプルなメモが一緒に入っていたらしく私の手に袋から滑り出て来た。
“最近長くなってきた髪をまとめるのに使ってほしい。
お前に渡したくて買ったのだが渡すタイミングを逃していた。”

『ふふっ、お守りみたい。』

私はシュシュで髪をサイドにまとめて笑った。
誠二が一向に戻ってこないため時間を持て余した私の口からはシュシュを受け取ったことで溢れ始め、今すぐ会いたくなった愛しい人への想いを詰め込んだ旋律だった。

《ゆびきり》

窓の外に見える夜空にピッタリなゆったりとしたメロディーを歌っていると髪を拭きながら誠二が戻ってきて、その歌詞に笑みを零した。

―堂上さんのことを歌ってるんだろうな…大切なんだって伝わってくるよ、朱音…―

彼はよい方向へ変化していく妹を優しく見つめてグラスにワインを注ぎながら旋律に耳を傾けた。
そして私が歌い終わったところでそっと声を掛けた。

「待たせたな。」
『お兄ちゃん…聞いてたの?』
「あぁ、初めてお前の曲を聞いたが…上手いな。」
『ありがとう。』
「堂上さんのこと歌ってたんだろ?」
『うん…今日出掛けるときに小包を貰ったんだけど、さっき開いてみたらこのシュシュが入ってて…
渡すタイミングを逃したとか、長くなった髪をまとめるのに使えって…照れ隠しだってバレバレなの。
お守りみたいに感じて、そしたら会いたくなっちゃって…』
「だから歌ってたのか。」
『うん…お兄ちゃんにはまだそんな人いないみたいね。
もしいるんだったら妹とはいえ異性を家に上げないもの。』
「うっ…」
『ふふっ』

向き合ってテーブルを挟みワインの入ったグラスを当てて軽い音を響かせてから一口飲むと甘い香りが口内に広がった。
それを味わってから私は真剣な目を誠二に向けた。
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