カミツレの涙(図書館戦争)(完)

□状況一七
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年が明けた公休のある日、私は早起きをして弁当を作っていた。
おかずとおにぎり、フルーツもデザートとして弁当箱に詰めてから鞄に入れて準備を整える。
カモミールティーの入った水筒も忘れずに。
ニットにキュロットを合わせ、タイツにブーツという出で立ちでコートを羽織ると弁当の入った鞄を持って寮のエントランスへ向かう。
そこにはダウンジャケットを羽織った堂上が待っていた。

『お待たせしました。』
「あぁ…その荷物は何だ?」
『私の手料理が食べたいって言ったのはどこの誰ですか?』
「…弁当か。」
『そのとおり。外では寒いので屋内テラスのあるところに行きませんか?』
「任せる。」

彼は私の手から弁当の入った鞄を自然と取るともう一方の手で私の手を握る。
その何気ない優しさに甘えるように私は手を握り返して駅へと歩き出した。
電車に乗って都心へ出るとショッピングモールの最上階にある屋内テラスへ向かう。
そこでコートを脱いでお弁当を広げると堂上は目を輝かせた。

「器用なもんだな…」
『意外?』
「いや、お前らしい。食べてもいいか?」
『もちろん。』
「いただきます。」

彼が笑顔で食べ進めるのを見ながら私はカモミールティーを差し出す。

「この香り…カモミールティーか!」
『気に入ってたみたいだから淹れてきたの。寒い季節にピッタリでしょ?』
「あぁ、気が利くな。」

それからのんびり過ごしてから仕事に関する愚痴も相手が私だということもあって堂上はてらいもなく口にする。
そのとき近くのテレビで今朝から騒いでいるニュースが放送されていることに気付いた。

『…篤さん、あのニュース見た?』
「福井の原子力発電所に軍用ヘリが激突したんだろ?
ヘリから出て来たテロ組織が襲撃したが、警察や自衛隊が突入したが大きな騒ぎはなかった…」
『放射能漏れもないけど…あの光景は惨劇よね。』
「何も起きなければいいが…」

同じ頃、公休であるはずの手塚も自室でやることもなく制服で食堂にいた。
彼に声を掛けたのは笠原と柴崎。

「今日公休じゃ?」
「特にやることもないし、こっちに来たら柴崎辺りが野次馬してるんじゃないかと思ったけどやっぱりだな。」
「仮病使って部屋で情報収集しようとしてたんだよ、コイツ!」
「…ちゃんと仕事に来たじゃないの。
情報収集は私の任務でもあるのよ?」
「けど図書館には関係ないだろ、流石に。」
「関係なかったらいいなって思ってるわよ、私も。」
「どういうことだ?」
「んー、ナイショ。口に出して本当になったら困るでしょ?
私、言霊って結構信じる方なの。」
「「ん?」」

柴崎の言わんとすることを理解できず笠原と手塚は首を傾げたのだった。


ニュースから目を離してカモミールティーを飲みながら堂上はふと口を開いた。

「…朱音。」
『はい?』
「ずっと考えてた…いつ伝えようかって…」
『…?』

周囲に人がいないのをいいことに堂上は私の手をそっと撫でた。
いつの間にか近くの弁当箱や水筒が片付けられていた。

『篤さん…?』
「…お前の隣をこれからも俺に託してほしい。」
『え…』

唐突な言葉に私は彼を見つめる。すると頬を少し染めた堂上が私の目を見つめ返していた。

「お前の未来をくれ、朱音。」
『それって…』

彼の言わんとしていることを理解して私は微笑み返した。

『…篤さんの未来も私にくれるってこと?』
「っ!」

その返答に彼は一瞬息を呑んだが嬉しそうに私の頬を撫でた。

「あぁ…俺でよければ全部やるよ。」
『私も篤さんになら何でもあげる。既に身も心も奪われてるし…』

彼は甘く微笑むと私に口付けてから少し離れ、額を当てながら呟いた。

「一生かけて愛してやる…結婚しよう。」
『こんな私で良ければ…喜んで。』

誰の目も気にしないで心のままに話せること、そして彼らしいシンプルなプロポーズに私は照れくさくとも嬉しくて彼に抱きついた。
彼は私を抱きしめたまま少し申し訳なさそうに言う。

「…指輪とかはまだ準備していないんだが。」
『ふふっ、気にしないで。もっと仕事が落ち着いてきたらでいいわ。
だって…私たちは普通の状況にいないんだもの。』
「戦いの中に身を置いてるからな…でもお前も女だ。憧れるだろ?」
『憧れるけど…篤さんはいつも傍に居てくれるし…
改めて何か望むわけでも…今以上に望んだら罰当たっちゃいそうだし…』
「…あまり可愛いことを言うな。」
『今は婚約者ってことで!』

私は少し身を離して笑いかけた。そのとき私はあることを思いつき彼の手を取って立ち上がる。

「朱音!?」
『ペアリング買いに行こう?』
「え、でも…」
『右手の薬指に嵌めるから。』
「右手…?」
『恋人の証し。私も篤さんに私のマークつけときたいもの。』

無邪気に彼の手を引いて歩き出した私を見て彼は優しく笑いながら片手に弁当の入った鞄を持っていた。

「朱音のマークをつけておくのか、俺に?」
『えぇ、私には篤さんがくれたシュシュがあるけど私は何もあげてないもの。
だからといって婚約指輪を買いに行くのは篤さんに任せたいし…』
「…」
『というより、任せてほしいでしょ?』
「…そこだけは格好つけさせてほしいな。」
『楽しみにしてる。』

私たちはジュエリー店に入ると値段も示唆しつつショーウインドウの中を見た。
私と堂上が共に目を止めた先にあったのはシンプルなペアリング。
男性のものはシルバー、女性のものはピンクゴールドのリングであり、小さなストーンがついている。

「『これ…』」

2人の声が重なったため迷うこともなくそれに決めて互いの指に嵌めて店を出る。

「お似合いのおふたりね…」
「えぇ、素敵。羨ましい…」

店員がそんなことを私たちの背中を見て思っているなんて知りもしないで歩く私たちは目的もなく街へ出る。

『これからどうする?まだ帰るには早いし…』
「映画でも見るか。お前が好きな原作のやつやってんだろ。」
『そういえば…』

彼はどう見ても女性ものの鞄を肩に掛けて、もう一方の手で私の手を取って歩く。
そして映画館へと歩き出していたところ、私たちの携帯が同時に鳴った。

「ん?」
『電話みたいね…』
「俺もだ。」

私たちは道の端へ寄って電話に出た。

「『もしもし。』」
「ごめんね、デート中に…」
『柴崎?』
「う、うるさい!お前なぁ…」

私の隣で堂上は電話をかけてきた相手に怒っているようだった。

「ちなみに堂上教官にかけてるのは小牧教官ね。」
『そんなことだとは思ったけど…どうせ何かでからかってるんでしょう?』
「朱音!!」
『あら、図星だったみたい。怒られちゃった。』
「ふふっ、こっちにも聞こえたわ。本当に仲がいいわね。
…で、本当に申し訳ないんだけどすぐに戻って。緊急事態なの。」
「『緊急事態?』」

私と堂上は顔を見合わせると基地へ急いで帰り始めたのだった。
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