カミツレの涙(図書館戦争)(完)

□状況〇三
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私たちが講堂に入るとタスクフォースが揃っていた。
小牧が呼んでくれて彼の隣に私と堂上、私の前に笠原が座った。
少し遅れてやってきた手塚は迷うことなく笠原の隣へ。
告白されたばかりの彼女は手塚の行動に困惑していたが、私は苦笑するばかり。
手塚が座るとほぼ同時に舞台上に立つ玄田が口を開いた。
それは今朝からニュースになっていた“情報歴史資料館”理事長の野辺山氏の死去によって私たちにある戦闘が言い渡されるからであった。

「野辺山氏が運営していた情報歴史資料館が閉鎖される。
それに伴い所蔵されている全資料を関東図書隊で引き取ることになった。」
「ん?」

私の前で笠原は意味がわかっていない様子で周囲をきょろきょろしている。
それを見て私は簡単な説明を始めた。

『情報歴史資料館っていうのはメディア良化委員会に関する歴史的な報道資料を所蔵した小田原の個人図書館よ。』

笠原が納得したように私を振り返るが、私の両側にいる堂上と小牧、そして彼女の隣にいる手塚は呆れた様子。

「信じられん…お前、情報歴史資料館を知らない図書隊員なんて有り得ないぞ?」
「だって…そんなの講習でも教えないでしょ?」
『アンタの場合、講習で言われてても睡眠学習だから知らないかもしれないけどね。』
「うっ…」

玄田の説明は続く。

「個人運営故に今まで手を出されずにいたが、良化委員会にとっては揉み消したい資料の宝庫だ。
引き取りには良化特務機関、及び賛同団体の妨害が予想される。
資料館の閉館は野辺山氏の告別式当日。
資料の受け渡しもその日に行う。」

彼の言葉を聞いているうちに私は隣にいる堂上が少し顔を曇らせたのを感じ取った。
なにか後ろめたいことがあるような…そんな表情に私はチラッと彼を見てひとつの考えを導き出した。

―告別式…そこには稲嶺司令も参列するはず…
私はそっちに回してくれないかな…
司令の警護もタスクフォースの仕事なら少しでもあの方の傍で助けになりたい…!―

そう思っている私の前で玄田は作戦計画を口にした。

「タスクフォースは総員が参加。受け渡し前日に現地に移動。
神奈川県下の防衛員もこれに加わる。
資料はヘリを使用し二度に分けて空輸。
当日午前9時に第一便が資料館を出立。
以後回収完了まで周辺の警備防衛にあたる。」

そして最後に玄田は私と笠原を見て言った。

「なお七瀬一士、及び笠原一士は当日の告別式に参列する稲嶺司令の警備にあたるものとする。」
「えっ…」
『…』
「以上!」

―私たち…だけ…?―

私は自分の意思もあり、また堂上が私を外した理由に薄々想像がついたため何も言わず堂上と小牧の間に座っていたが、笠原は納得がいかない様子。
口を開くことなく立ち去ろうとした堂上を彼女は追いかけて行った。
それを私、手塚、小牧はゆっくりと追いかける。

「七瀬さんは冷静だね。」
『タスクフォースの誰かが稲嶺司令の警備をするべきだと思っていたので、できることなら私が傍で…と考えていたのが本心です。
きっと堂上教官はそれ以外の理由もあって私を戦闘から外したんでしょうけど。』
「堂上がキミと笠原さんを外したっていうのは決定事項なんだね。」
『はい、あの人は私たちに甘いですから。』
「ハハハッ、そのとおりだ。」
「しかし…」
『手塚、アンタの言いたいことはわかる。
笠原を追ってみよう。すべてはっきりするはず。」

私たちが向かった先で、笠原は堂上を問い詰めていた。

「どういうことですか!?
理由を聞かせてください!!」
「…要人警護は本来タスクフォースの任務で人員を出すのは当然だ。」
「なんでそれが私たちなんですか!!?」
「経験を積ませるためだ。」
「じゃあ…なんで手塚は一緒じゃないんですか?
経験を積ませなくていいんですか!!?誤魔化さないでください!」
「わかった。誤魔化さなくていいようだから言ってやる。
お前は戦力にならないと俺が判断した。これでいいか?」
「くっ…」

笠原は何も言えず俯いていく。
私たちは笠原の後方、少し離れた場所で彼らの様子を見ていた。
堂上の言葉に手塚が反論しようとしたが、それは私が腕を掴んで引き留める。

「七瀬!!」
『堂上教官にも彼なりの理由がある。それが我が儘だとしてもね。』
「…」
「堂上教官は私のこと信用してないんですね…」
「信用できるほどの何かを見せたのか、お前は。」
「っ…」

笠原は俯いたまま涙を流す。
一度目を伏せた堂上はそれ以上何も言わず立ち去った。
私は手塚の手を離すと堂上の背中を追いかけ、途中笠原の肩に手を乗せるだけで何も言わず通り過ぎた。

『…堂上教官、少しお話があります。お時間よろしいでしょうか。』
「…あぁ。」

渋い表情の彼を連れて私たちは近くの会議室に入った。

「お前も司令警備に反対か。」
『いいえ、元々司令の警備をさせてほしいと考えていましたから光栄だと思っても文句は言いません。
与えられた任務はきちんとやります。』
「それなら何だ。」
『教官が笠原を外したのは家の事情を考えて…ですよね。』
「…」
『自分の問題を解決できていない笠原を信用しろというのも無理な話です。
…彼女の理由はわかります。
では私はなぜですか?そんなに戦力になりませんか?』
「…お前が日野の悪夢の記憶に苦しんでいるからだ。」
『えぇ、そのとおりです。
しかしそれだけの理由で私を外すのは堂上教官の我が儘ですよね?』
「…」
『それとも笠原一人では心配だったからですか?』

私の言葉に彼は何も言わない。
その様子は私を苛立たせるのに十分だった。

『そんなに笠原が大切ですか…
貴方が笠原をこの戦場の世界に導いてしまった王子様だから!
その罪悪感がこの采配ですか!?
私は笠原のブレーキ役に過ぎないんでしょ!!!?』

その瞬間堂上は怒った様子で私の肩を掴んで壁に押しつけた。

『っ…』
「お前は…何もわかってない!!」

悲しそうな表情で私を見る堂上に私も泣いてしまいそうになる。

『教官…』
「…悪い。」
『私も……言い過ぎました、申し訳ありません。失礼します。』

彼の手から力が抜けると私は小さく頭を下げる。
彼の手は私の肩から腕を撫でるように脱力してぶらんと垂れ下がり、彼は手を自分の身体の横へ下ろすと俯いた。
私はそんな彼を置いて会議室を出ると悔しさから込み上げてくる涙を堪えながら寮へ戻り、独りになりたくなくて笠原の部屋へ入った。
そこは真っ暗で笠原は私服で膝を抱えて座っていて、私は彼女の近くに制服のまま寝転がって身を小さくしていた。
暫くして柴崎が帰って来て電気を点けた。
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