溺猫ヒーロー(ヒロアカ)

□第1話
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「Hey、イレイザー!Kittyはどこ行ったんだー!?」

職員室に入って来たのは金髪で独特の髪型をし、チョビ髭をはやした陽気な男性、プレゼント・マイク。
彼が声を掛けたのは同期であるイレイザーヘッドこと相澤消太。
相澤は小汚い風貌で、ボサボサで少し長めの黒髪に無精髭が生えた状態で愛用の黄色い寝袋から顔を出し鬱陶しそうに返答した。

「…うるせぇ。」
「入試の準備を手伝ってほしかったのによぉ…!」
「…その辺りにいるだろ。」
「What!!!?」
「寒いのにアイツは進んで出掛けたりはしない、合理的ではないからな。」

寝袋から渋々出てきた相澤は全身真っ黒な服に灰色の包帯のような布を巻いたシンプルなヒーローコスチュームを着ていた。
首に巻かれた布は炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ捕縛武器で戦闘に用いられる。
その布の下に黄色いゴーグルを隠すように首に掛けているようだ。
彼は職員室の一角にあるソファの方へ歩いて行き、陽が当たって暖かくなっているソファの一部を見た。

「ルイ。」

マイクに向けていた冷たい声ではなく優しく甘い声で彼が呼んだのはソファの一角で身体を丸くして眠っている黒髪の女性…それが私、猫又ルイ。
黒猫の個性を持つ私は寒さが苦手で隙あらば暖かい場所や狭い場所を見つけて眠る。
今回に至っては相澤が出勤時に着ているジャケットを身体に掛けて小さくなっているものだから、寝顔すらはっきり見えず相澤はどこか残念そうに私を揺り起こした。

「ルイ、起きろ。」
『ぅん…?』
「マイクが手伝えってさ。」
『…入試準備?』
「あぁ。」
『まだ終わってないの…?』

私は身体を起こして伸びをすると職員室の入口に立つマイクを睨み付けた。

「Oh…そんな目で見ないでくれよ!」
『…何をすればいいの。』
「手伝ってくれるのかい、Kitty!!」
『…猫の手も借りたいんでしょ?』
「Yes!!」
『なら仕方ない。』
「お前も甘いな、ルイ。」
『だって…このまま放っておいたらマイクが五月蠅そうなんだもの。』
「確かに。」

立ち上がった私はマイクの指示に従いながら書類の整理を始めた。
彼に割り振られた資料の仕分け作業が遅れていて他の仕事が進まないらしい。
ちなみに私や相澤は早めに要領よく自分に割り振られた仕事を終えていたためのんびり過ごしていたというわけ。
並んで座り作業をする私とマイクの近くでは相澤が再びもぞもぞと寝袋に潜っていた。
私は手を動かしながらマイクに問う。

『手伝いのお礼は?』
「駅前に出来た新しいケーキ屋のプリンなんてどーだい?」
『…ノッた。』

受験生の願書を受験会場となる教室ごとに整理していると私は気になる生徒を見つけた。

―無個性…?でも…なんだか面白そうな子…―

それが紙上の緑谷出久の第一印象だった。

爆豪勝己がヘドロ・ヴィランに襲われた事件をきっかけにオールマイトに会った緑谷。
彼は10ヶ月かけて鍛えた身体にオールマイトから個性である“ワン・フォー・オール”を受け継いだらしかった。
受験勉強と厳しいトレーニングを重ね、筋力もついた。すべてはワン・フォー・オールの個性に身体が耐えられるように。


入試の準備が整いマイクからプリンを貰った数日後の夜、私はいつも着ている黒いヒーロースーツ(最早私服となっている)で家を出ながら小さな黒猫に変化した。
相澤の家の近くにヴィランが出没したと連絡を受けたのだ。
屋根を伝ってヴィランの気配を追っていると、自分の少し前に白い布が闇夜に浮かんでいるのが見えた。
私も彼もヒーロースーツが黒いため夜の闇に溶け込んでいて、彼の首に巻かれた白い布だけが浮かんで見えたのだろう。
私は彼、相澤の肩に飛び乗って小さく鳴いた。
彼はゴーグルをしたまま片手で私の頭を撫でてくれる。

『にゃ…』
「来たか。」

彼が足を止めた場所の近くでヴィランが5人暴れて物を壊し、周辺に住む人々が逃げたり野次馬が集まって来たりしていた。

「五月蠅くて寝れりゃしねぇ…」

私も騒々しい音に顔を顰めて、尻尾を大きくバタバタ動かした。
イライラして怒っていると尻尾がそんな風に揺れるのだ、本物の猫のように。

「…行って来い。」
『にゃ!』
「気をつけろよ。」

彼の声を合図に私は猫の姿のまま相澤の頬に擦り寄ってから屋根やベランダを伝ってヴィランたちの方へ駆けて行った。
そして下品に笑う敵の腕を爪で引っ掻きながら地面にシュタッと降り立ち、耳・爪・尻尾だけを残して人間の姿に戻る。

「な、なんだ!?」

私の紫色と黄色のオッドアイが闇の中で怪しく光る。

「ヒーロー…?」
「キャット・レディだ!!」

歓声を聞きながら私はニッと口角を上げてヴィランに飛び掛かって行く。

「あれっ!?」
「火を吹けねぇ!」

ヴィランの個性は相澤…イレイザーヘッドによって消されている。
私は彼を信じているため1人で敵陣に飛び込むことができるのだ。
爪と体術を駆使してヴィランを倒すとそこに警察が来たため、私はその場を任せて立ち去ろうとした。
相澤は既にゴーグルを外して私と別れた建物の屋上で待ってくれているだろう。
猫に姿を変えて路地裏に入ろうとしたところ、野次馬から少し離れた場所に見覚えのある人物を見つけ、私はそっと彼に近付き声を掛けた。

『ねぇ、キミ。』
「は、はははははい!!?」
『そんなに驚かないでちょうだい…』
「キャ、キャット・レディ!?」

彼の手元にはノートがあり、表紙にはヒーローノートと書かれていた。
そしてちょうど彼が開いていたページにはキャット・レディとの見出しがある。

『へぇ…細かいところまでよく見てるのね。』

私はノートの内容から彼の真面目さを感じて尻尾をゆったり揺らしながら笑った。

「え、あ、はい!でもキャット・レディは謎が多くて…
夜の闇に紛れて現れてさっと敵を倒して安全が確保されたら忽然と姿を消す…」
『黒猫だから光の中にいるより闇に紛れた方が戦いやすいのよ。』

私は他の野次馬がこちらに来ようとしているのを感じ取り、目の前の少年に向けて言った。

『ヒーローは好き?』
「は、はい!」
『ヒーローになりたい?』
「はい!!」

彼の目にはまったく迷いがなかった。
その目に私は希望を感じて自然と笑みを浮かべていた。

『そう…これだけ研究してるキミならいいヒーローになれると思うから、そのノートにまだ記されていなかった情報をひとつプレゼントしてあげる。』
「え…いいんですか?」
『今キミの目の前にいるのは変化の一部でしかないの。
あと2種類の変化があるけど、そのうちのひとつが私が闇に姿を消しやすい理由。』
「3種類の変化があって、耳・爪・尻尾が生えている状態はそのうちのひとつでしかない…?」
『そういうこと。』

私は野次馬が来る前に少年の耳元に口を寄せた。

『また会えるのを楽しみにしてるわ、緑谷出久くん…』
「え…」

彼の惚けた様子に笑いながら私は路地裏に入り込んで黒猫に姿を変えた。
彼は急いで私の後を追ってそこに一瞬だけ猫の姿を見つけて目を丸くした。

「黒猫…それも変化のひとつ…?でもそれより…」

―どうして僕の名前を…?―

私は笑いながら再び屋根やベランダを伝って相澤のもとへ戻った。
彼に後ろから飛びついて首を包み込むように身体を横に向けて両肩に足を掛けて乗る。

「っ…!」
『にゃっ!』
「遅かったな…何か面白いことでもあったか?」
『?』
「尻尾が揺れてるぞ。」

私はいつの間にか揺れていた尻尾で彼の腕を撫でていたようだった。
無意識の行動だったため気付かなかった。
彼はそんな私の様子に笑いながら耳の裏側を撫でてくれるものだから、自然とゴロゴロと喉が鳴った。
私は人間の姿に戻って彼の隣に並ぶ。

「それで…何を見つけた。」
『男の子に会っただけよ。』
「…」
『ヒーロー大好きな少年に、ね。』

相澤は何も言わずに私の頭に手をポンと乗せるとそれを合図に駆け出した。
私は彼の背中を追って結局彼の家に帰って行った。
きっと翌朝は私が朝食を作らなければならないのだろう。
私が作らない限り彼は食事をしようとはしないから。
私が作るようになるまで彼の家の台所に道具は何もなかったが、今では私が使いやすいように食材や道具が揃えられている。
ちなみにどれも相澤が揃えてくれたものだ。

『おはよう、消太。』
「…おはよう。」
『ご飯できてるよ。食べるでしょ?』

食べることも時間の無駄だと考える彼でも私の料理は食べてくれる。
私の作ったものを食べるのは合理的らしい。

「…美味い。」

その一言に私は満足気に笑った。


こうして私は緑谷と出会い、彼のヒーローを目指す時間と私の時間が交差したのだった。
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