カミツレの涙(図書館戦争)(完)

□状況〇二
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辞令を受け取った私は笠原と共に稲嶺のもとを訪れていた。
司令室の前に向かうと何度か目にしたことのある男が立っていた。

『あ…手塚。』
「七瀬か。」
『流石優等生。』
「お前も人のこと言えないだろ。
いつも俺のすぐ後を追いかけて来やがって。」
『だったら一度くらいトップの座を譲ってくれてもいいんじゃない?』
「冗談じゃない。」

私は息を吐くと扉をノックして声を掛けた。

『七瀬一等図書士入ります。』
「手塚一等図書士入ります。」
「笠原一等図書士入ります。」

入ると堂上、小牧、玄田、そして稲嶺が私たちを待っていた。

「お待ちしていましたよ。」

私は稲嶺を見つめて軽く頭を下げた。
すると彼はどこか嬉しそうに、だが悲しそうに微笑み返した。

「手塚光一等図書士、七瀬朱音一等図書士、笠原郁一等図書士。
3名を正化31年6月25日付けでライブラリー・タスクフォースに配属する。」
「「『拝命します!』」」
「推薦人はタスクフォース隊長、玄田竜助三等図書監、
同隊員、小牧幹久、堂上篤二等図書正。」

すると堂上が一歩前に出て口を開いた。

「俺の指導不足はこの間の一件で思い知った。
これからはとことん鍛え直してやるからそのつもりでいろ。」

敬礼をして私たちはその声に応え、正式にタスクフォースの一員となった。
部屋を出ようとすると私は稲嶺に呼び止められた。

「七瀬一等図書士、貴女は少し残ってくださいますか?」
『は、はい!』

他の5人は司令室から出て行き、私は稲嶺を振り返って微笑んだ。

「図書隊員として私のもとへ来る…きちんと約束を守ってくれたようですね。」
『お久しぶりです、稲嶺司令。』
「一等図書士としてではなく貴女自身として話してもいいですよ。」
『ありがとうございます、稲嶺さん。』
「誠二くんは元気ですか。」
『はい、今では出版社を継いで彼らしく本を守り広めるために力を尽くしているようです。
頻繁に連絡をくれますよ。』
「相変わらず朱音ちゃんを大切に思っているようで安心しましたよ。」
『両親のあからさまな私を邪魔者扱いする態度に一番腹を立てていたのは兄ですからね。
私の味方は彼だけでしたが…今では仲間と言いますか、私自身を見てくれる方々が周囲にいてくれるので寂しくないですよ。』
「それはよかった。
貴女まで図書隊という戦いの中に身を投じさせてしまったことを悲しく思うこともあります…」
『稲嶺さん…』
「それと同時に貴女が強くなる様子を見るのが嬉しくもあるのです。」
『この道は私が選んだ道です。後悔はありません。
稲嶺さんに再び出逢えたことも嬉しく思います。』
「ありがとう。」
『階級章のデザインに使われているカミツレ…これは稲嶺さんの奥様の好きな花だと聞きました。』
「そのとおりですよ。花言葉は…」
『苦難の中の力…
図書隊に入った今、私にとっての次の目標はカミツレを手にすることです。』
「どういう意味かな?」
『三等図書正以上は階級章に閉じた本とカミツレの花が記されています。
カミツレを手に入れたら、稲嶺さんにまた報告しますね。』
「懐かしいですね…図書隊に入るという約束を聞いてから7年ほどが経ちますが、続いてはいつになるのでしょうか。」
『なるべく早く手に入れられればよいのですが。』
「楽しみに待っていますよ、七瀬一等図書士。」
『はい!!』

彼に敬礼すると私は笑みを浮かべながら司令室を後にした。
夜になっていつものように笠原と柴崎の部屋へ向かう。

「ねぇ、七瀬。」
『ん?』
「あの手塚って何者なの?」
『完璧主義の融通が利かないクソ真面目。
基礎訓練の成績は常にトップ。
どれだけやっても私はいつも2番手。
一度くらい玉座を譲ってくれればいいのに。』
「ふぅん…」

タスクフォース所属になってからすぐ私たちは特別訓練として山を登っていた。
タスクフォースメンバーに加え、私たち3人の新人研修を兼ねているらしい。

「どうだ、緑豊かな自然の中での訓練も気持ちいいもんだろ!」
「緑豊かすぎだっつーの。はぁ…」

溜息を吐いた笠原がふらついて前を歩いていた手塚にぶつかる。

「あ、ごめ…」
「フッ…」

―何なのよ、コイツ!―

鼻で笑われたことにふて腐れる笠原の様子に苦笑しながら私は彼女の後ろに続く。

―ホントにコイツが基礎訓練トップのすごい奴なのか?―

憎たらしくて笠原は手塚の背中に向けてベーッと舌を出す。

「おい、新人。何か文句があるならはっきり言え。」
「あ、いえ…つまり…その図書隊って市街戦がメインのはずですよね。
なぜこのような自然の中で訓練をやらなければならないのかと思いまして。」

舌を出す笠原に声を掛けたのは玄田。彼の返答はいかにも彼らしかった。

「気分だ。」
「は!?」
『玄田隊長らしいというか…』
「褒め言葉として受け取っておくぞ、ハハハハハッ」

すると私の後ろにいた堂上が口を開いた。

「日野の悪夢の再来に備えてだ。」
『っ!』
「日野の悪夢…?」
「お前!?座学…」
『聞いてるわけないですよ、教官。』
「だったな…」
「日野図書館は知ってます!!」
「日野図書館を知ってるくらいで威張るな。」
「別に知ってるから知ってると言っただけです。」
「それが人に物を教えてもらう態度か!?」

すると私たちの前を歩く手塚が口を開いた。

「日野の悪夢とは正化11年2月7日、メディア良化委員会に同調する団体が日野図書館を襲撃した事件です。
当時は図書隊が組織として確立していなかったため周辺図書隊との連携がもたつき日野図書館側は死者12名を出す大惨事となりました。
図書隊が全国10区に設立され、現在の制度が確立するきっかけとなった事件です。」
「さすが手塚だな。」
「うっ…」
「自分としてはこの程度のことを知らない者がタスクフォースに存在すること自体信じられません。」
「前言撤回だ。笠原は笠原なりに選抜された理由がある。
それはお前の物差しで判断することじゃない。」

―もしかして…庇ってくれた?―

「…それより七瀬は日野の悪夢について何か付け足したいような顔をしているが?」
『……その事件を目撃した当時1歳の少女がいました。』
「「「え?」」」
『兄の腕に抱かれて、通い慣れた図書館へ向かい、いつも抱いてくれていた女性は命を落とし、少女の頭を撫でてくれていた図書館の館長は妻と右脚を失いました。
燃え盛る炎の中で人々は悲鳴を上げ、貴重な図書は一冊を除きすべて灰と化し、助けてくれる人なんて周りには誰もいませんでした。
今でもすべて覚えています…
悲鳴もサイレンの音も炎も焦げ臭い匂いも…』

そのときぐっと肩を握られて私ははっと正気に戻った。
今まで上の空で言葉を並べていたらしい。

「もういい。」
『…教官。』
「その当時1歳の子どもって…」
『私のことよ、笠原。そんな幼い子どもが覚えてるはずもない…誰もがそう思ってた。
でも歴史として日野の悪夢を学び、その言葉を聞き写真を見るたびに何かを思い出していた。
あんな強烈で寂しい情景…
いくら兄に抱かれるような幼い私でも忘れることなんてできなかったんだ…』
「七瀬!!」

私の両肩に手を置いて顔を覗き込んできた堂上が強く私の名を呼んだ。
私は息を整えて俯いた。

『すみません…』
「いや、構わない。」
『…ひとつだけ言わせてください。』
「…」
『現在残されている記録はどれも上辺をなぞったものばかり。
手塚が言った言葉…あれはすべて事実です。
しかしあの場にいなければわからないこともあるんですよ…
歴史の裏にはそれを創り出した人間がいる…それは忘れないでほしい…』

堂上は私の頭を撫でながら一番後ろへと引き寄せた。
手塚と笠原は何も言わず足を進め、私は堂上と並んで歩みを続けた。

「…大丈夫か?」
『だいぶ落ち着きました。』
「お前にそんな過去があったとはな。」
『言うつもりはありませんでした。
ただ…日野の悪夢の話題になると落ち着いてはいられないんです…』
「稲嶺司令がこの前引き留めたのも日野の悪夢関連か?」
『…ずっと兄と連絡を取っていたようで、私が高校生のとき稲嶺司令と再会しました。
面接で言った図書隊員として会う約束をしていたのは稲嶺司令です。』

私の言葉に堂上は面接を思い出したようで頷いていた。

『先日は改めてカミツレを手にすることを約束してきました。』
「カミツレ…三等図書正以上の階級章のことか。」
『はい。』
「お前ならできる…」

彼が私の髪を撫でてくれるのを感じながら足を休めることはなかった。
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