カミツレの涙(図書館戦争)(完)

□状況〇三
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手塚に告白された笠原は困惑した様子で顔を赤くして帰って来た。
私は堂上と共に戻って来て柴崎と部屋で待っていた。

「で?アンタはなんて返事したのよ。」
「暫く考えさせてって…」
『ヘタレ。』
「だって…告白されるなんて初めてだし〜…」

テーブルに突っ伏す笠原を私は正面から見て目を丸くし、スキンケア中の柴崎も驚いたように声を上げる。

「初めて!?」
『まぁ、相手が笠原ならわからなくもないけど。』
「で、付き合うって選択肢はあるわけ?」
「え!?」
『真面目、成績優秀、顔もいいし、アンタより背が高いときた。』
「世間的には限りなく100点満点に近いうえに父親は図書館協会の会長様。」
「え…」
『知らなかったの?疎すぎるでしょ…』
「でもそういう条件で付き合うってのは違うというか…
やっぱり好きな人とじゃないと…」

それを聞いた途端、私と柴崎は顔を見合わせてすぐベランダへ飛び出した。

『乙女が!!』
「乙女がここにいますー!!」
「うるさい、茶化すな!!」
「じゃあ、アンタ好きな人いるわけ?」
「す…!?」
『好きな人。笠原にはいるの?』
「…別にいない。」
「だったら試しに付き合っちゃえば?
どんなカップルになるか興味津々なんだけど。」
『そっちが本心でしょ、柴崎…』
「アンタの興味に付き合ってられるか!!」

そのとき柴崎が私に向き直った。

「それより私が気になってるのは七瀬の方よ。」
『…私?』
「とぼけても無駄!
図書隊の花なんて呼ばれるアンタがモテないはずもないし、業務部の奴らなんてカウンターで目にすることが多い私より時々館内巡回で姿を見せるアンタに隠れファンが多いほどよ。」
「そうなの!?」
『まぁ、そんな噂を聞くけど…』
「そのうえ最近は私たちに笑顔を見せてくれたりするから今までの無表情からのギャップに惚れ込んでる男たちがいるの。」
『…』
「第一アンタ…一昨日告白されてたでしょ。」
「え!!!?」
『…どうしてそれを知ってるのよ、柴崎。』
「私の情報網を甘く見ちゃダメよ?」
『…きっぱり断ったわ。興味もないし。』
「相手は!!?」
「業務部の同僚で名前は笹森。
うちの部では有名なイケメンだけど、七瀬には王子様がいるものね?」
『王子様がいるのは笠原でしょ。』
「ふぅん…そんなことを言いながらあの人のこと好きなんでしょ?」
『…』
「両想いなのは周囲にバレバレだし、イチャイチャしてるのになんで付き合わないかな…その方が不思議だわ。」
「え!?待って待って!?誰のこと!!?」
「笠原はそのまま純粋でいなさい。」
『…というより、イチャイチャしてるつもりはないんだけど。』
「どの口が言えるのよ…野外行程で肩を寄せて寝てたんでしょ?」
「え、もしかして七瀬の王子って堂上教官!!?
あんなチビのどこがいいの!!!?」
『誰も堂上教官のこととは言ってないでしょ…
彼には私より先に姫がいるのよ。
私では太刀打ちできないわ。』
「「え…?」」

私が切なく微笑んでいると柴崎は何かを感じたようだったが、すぐ私の肩に手を置いて静かに言った。

「ただあの笹森…まだ諦めてないみたいだったから気をつけて。」
『…わかった、ありがとう。』

私は彼女の言葉に頷いて部屋を出た。
そして自室に戻ると扉を背に預けずるずると座り込む。

『だって…堂上さんは笠原の王子様だもの…』

とっくに気付いている自分の想い…
彼が笠原に厳しくするのは期待だけではなく大切に思っているからだと私は知っている。
それなら私に優しくしてくれるのはどうしてなのか…それはわからない。
でも彼と笠原の間に入り込めるほど私の心は強くない。

『負け戦だからこの気持ちに気付きたくなかったのに…』

だからといって笹森の想いを受け止める気はさらさらない。
堂上のことを想いながら興味のない人と付き合えるほど要領はよくないのだ。
私は息を吐くとベッドに飛び込んで目を閉じた…

―こういうときにはすべて忘れて寝るに限る…―


翌日、ある事件の被疑者の貸し出し記録を見たいと警察官2人が稲嶺を訪ねていた。
だがそれは図書館法に基づいて利用者の義務を守るべく稲嶺によって拒否された。

「何なんだ、人が3人も殺されてるってのにあの態度は!」
「よせ。非合法な情報開示を要請してるのはこっちだ。
日野の悪夢…聞いたことくらいあるだろ。
あの男…稲嶺和市はその生き残りだ。彼は妻と右脚を失った。
良化特務機関が関与していると思われたが、その後の捜査はうやむやのまま打ち切られた。
あれ以来図書隊は自衛と武装化の道を突き進んだ。
まだ最前線にいるんだな…」

それを聞いた若い警察官は静かにパトカーに乗り込んだのだった。
同じ頃、笠原は業務を担当していたのだが近くにいる手塚を意識して仕事が手についていなかった。
私は館内を巡回しながら声を掛けてきた子どもたちと話して一緒に本を選んでいた。
堂上は本を書架に戻し終え、館内を高い位置から眺めていた。
笠原と手塚、そして少し離れた場所で子どもに囲まれる私の様子を視界に捕らえていると彼に柴崎が声を掛けた。

「堂上教官!」
「ん?」
「笠原大丈夫そうですか?
手塚が告白したらしいですよ。」
「はぁ…だからか、笠原が普段より落ち着きないのは。」
「あの子、慣れてないですからね。
それに七瀬も告白されたみたいですよ?」
「…」
「どうなったか気になりません?」
「…アイツは慣れてるだろ。
どうなったか上官である俺には関係ないことだ。」
「そう言いながら顔が怖いですよ、堂上教官。」
「っ…」
「きっぱり断ったらしいですけど、七瀬に告白してきた笹森って奴諦め悪いので今後どうなるかわかりません。
それに七瀬には好きな相手がいるのに、その相手は誰かを大切に特別に思ってると思い込んでいるみたいなんです。」
「…は?」
「両想いなのでは、って私や小牧教官…それからきっと手塚も気付いているにも関わらず当人同士は気付いていないので歯がゆいんですよね。」

柴崎はクスクス笑いながらあることを提案した。

「教官が七瀬のことを気に留めてないって言うなら、いっそ私にしときません?
私結構尽くすタイプですよ?」
「やめとく。男連中のやっかみを引き受ける自信はないからな。」
「それをはね除けてでも奪いたいってほどの魅力はないか。」
「何言ってんだ。」

堂上はフッと笑うと子どもに囲まれて微笑む私へと視線を向ける。
その優しい眼差しを見た柴崎は小声で言った。

「七瀬を狙ってる男連中も多いですよ。」
「…何の話だ。」
「早くしないと奪われるってことです。
七瀬を選んだとしてもやっかみを引き受けることになると思いますけど?」
「…」
「盗られる前に行動した方がいいですよ。」
「……言われなくてもわかっている。」

堂上は少し耳を赤くしながらその場を立ち去った。
その背中を見送りながら柴崎はクスクス笑う。

「こんな美人をあっさり振っちゃうんだもん。趣味悪いったら…
あ、でも相手が七瀬なら趣味いいか。
まぁ、最後の一言って完全に好きだって認めたようなもんじゃない…」

笑いながら彼女も業務に戻って行った。
子どもたちに解放されて業務へ戻ろうとした道中、私は背後から笹森に呼び止められていた。

「七瀬さん!!」
『…なにか?』
「俺、そう簡単に諦める気ないから。
キミを守りたい…そう思ったんだ。
好きだから…俺の手でキミを守りたい。守らせてくれ。」
『…先日お断りしたはずです。
私は自分の身くらい自分で守ります。
…失礼します。』

彼に背中を向けて歩き出すとまだ諦めていない様子の彼は私とは反対方向へ向かう。
そんな私のもとへ堂上は向かっていた。
緊急の招集が掛かり、玄田の指示で彼は私を迎えに行っていたのだ。
私はというと偶然告白の様子を見ていたらしい笠原に声を掛けられていた。

「七瀬〜!!」
『笠原…』
「全然解決してないじゃん!
笹森さん、諦めてないみたいだし。」
『きっぱり断ったんだけどしつこいのよ…』
「キミを守るなんてなかなか言われないよ?いいじゃん!!」
『好きでもない人に言われてもね…
それに私あの人に守られるほど弱くないわ。
…私のことを知りもしない人が守るなんて口先に過ぎないの。』
「七瀬…」

日野の悪夢を目撃し、今でもその記憶に苦しみながらも本を守ることを強く誓って立っていることを知る笠原は寂しそうな顔で私の肩を抱いてくれる。

「ごめん…軽いこと言った。」
『ううん、気にしないで。』

その声を聞いた堂上は小さく息を吐きながら姿を現し私たちを呼んだ。

「七瀬!笠原!!」
「『教官!?』」
「緊急だ、来い。」
「『はい!』」

彼の背中を早足で追い始めた私たちの足音を聞きながら堂上は柴崎に言われた言葉を思い出していた。

「盗られる前に行動した方がいいですよ。」

―七瀬を守るのは俺の役目だ…
他の奴に譲る気はない…―
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