カミツレの涙(図書館戦争)(完)

□状況〇四
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稲嶺と共にワゴン車に乗り込んだ私は麦秋会の男たちに囲まれていた。
5人の男たちが前にいて、一番後ろに稲嶺の車椅子があり、それを支えるように私は近くに座っている。
私たちの後ろには銃を突きつけている男が待機している状態だ。
道が悪いのかガタガタ揺れてしまい、これはいくら車椅子を押さえたところで意味がなかった。

『ちょっと…クッションか何かはないの?
揺れが大きくて危険だわ。』
「我慢しろ。」
『っ…すみません、司令。少しでも振動のないよう押さえておきますので。』
「いいえ、大丈夫ですよ。ありがとう。」

彼が真剣な眼差しで前を見つめているのを見た私は稲嶺に微笑みかけた。

『帰ったらちゃんと七瀬は仕事したって伝えてくださいね。
あ、それから笠原のことも。』
「約束しましょう。」

2人で笑みを交わしてから再び前へ視線を戻す。

―今、この場で司令を守れるのは私だけ…
私が残るって大口を叩いたんだ…自分にできることを考えろ…冷静に…―

そのときふと堂上の顔が頭に浮かんだ。

―教官にまた心配かけちゃうかな…
…というより、小田原は大丈夫かな…?―

自分のことより先に戦場と化したであろう小田原のことが気になってしまう。
それでも仲間たちを…堂上、小牧、手塚、玄田たちを信じているから私は自分のやるべきことを見失わないでいられる。

―貴方の気持ちを教えてもらうんだもの…私が帰らないでどうするっていうの…?
そうでしょ、堂上さん…?今ここで負けては合わせる顔がない…
麦秋会と言ったわね…コイツらが図書隊とコンタクトを取れば絶対なんとかしてくれる…!―

そのとき窓の向こうに地名の書かれた標識を見つけて私はさっと記憶する。

―…何かのヒントになるかもしれない!―

その頃、小田原から戻った図書隊は司令奪回作戦に追われていた。
堂上は片付けられ、空っぽのコーヒーカップが置かれた私のデスクを見つめるだけ。
ちなみに麦秋会が匂わせた告別式会場に仕掛けたという爆弾は見つからなかったという。
そこに警察が到着し、玄田が呼んでいた折口もやってきた。
徹底的にこの事件について書いてもらおうというのだ。

暫くして私たちが乗っていたワゴンが停まった。

「着いたぞ。さっさと下ろせ。」

男に拳銃で背中を突かれ、私は衝撃を与えないように注意しながら稲嶺の車椅子を車から降ろした。

「変な抵抗してみろ。どうなるか…わかるな?」
『…』

男たちに囲まれた状態で私はある建物へ入る。
そこの倉庫のような場所に通され、稲嶺の隣に私は座らされた。

「大人しくしてろよ…特に女。お前が暴れたら稲嶺にも被害が及ぶ。」
『っ…わかってる。』

―お前らなんかに屈するものか!―

夕日が沈んできた頃、堂上は自分の席で絡めた指に額を当てていた。
そこに焦った様子の笠原が戻ってくる。

「笠原!!」
「ただいま戻りました…七瀬が…!!」
「わかってる。稲嶺司令が誘拐され、七瀬も一緒なんだろ。」
「はい…みんなと一緒に来てくれるって信じてる…そう言って私だけ帰らせたんです…」
「アイツらしいと言えばアイツらしいが…」
「現状は!?」
「麦秋会からの連絡待ちだ。」

そのとき玄田の声に応えるかのように電話が鳴った。
笠原が帰って来ても顔を上げなかった堂上が呼び出し音に反応してはっと顔を上げる。

「逆探知!」
「OKです。」

警察による逆探知の準備が整うと玄田がスピーカーにして電話に出た。

「もしもし。」
「我々は稲嶺和市の身柄を貰い受けた麦秋会である。」

誘拐犯の名乗る声に堂上、小牧、笠原、手塚をはじめとした図書隊員、警察、そして折口が電話を囲む。

「関東図書基地警備総責任者、玄田竜助三監だ。
稲嶺司令と介添えの女性隊員の無事を確認したい。2人を出してもらえるか。」
「稲嶺はダメだ。女を出す。
…女!こっちへ来い。」
『…司令、失礼します。』

一言残して立ち上がり麦秋会のリーダー格らしき男に歩み寄ろうとすると苛立った様子の男が私の腕を引っ張った。

「さっさとしろ!」
『うっ…』

手渡された受話器を耳に当てて私は落ち着いた声で応答する。

『……もしもし。』
「七瀬!!」

笠原がほっとしたように堂上の後ろで声を上げるが、私はそれに応える余裕はない。

「七瀬、大丈夫か。」
『はい、なんとか。私も司令も無事です。
あ、隊長!そこに笠原か柴崎がいますか?
今夜予約してたトランザールをキャンセルするよう伝えてください。』
「「「っ?」」」
『今晩飲む約束をしてt…』
「何を言っている!!!!」
『ちょっと!離しなさいよ!!!』

私は腕を引かれ受話器を奪われる。

『高い店なんだから予約キャンセルしないと損するでしょ!
それともアンタたちがキャンセル料払ってくれるって言うの!?』
「黙れ!!」
『あっ…!くっ…』
「七瀬!!!」

私は殴られ床に叩きつけられた。
受け身を取れないような不安定な体勢だったため、左頬にもろに拳を受け、そのうえ倒れたときに頭までぶつけてしまったらしい。
右側頭部が痛み触れると血が流れてきているのがわかった。
私の声と倒れた音に堂上が声を上げてしまうが、それも仕方ないことだと考え周囲が責めることはなかった。
笠原も息を呑み、拳を握って怒りに震えている。

「店のキャンセルなんて…どんな心臓してんだ、アイツ…」
「そうだね…まさか彼女がこんな感情的に話すなんて思わなかったし。」

手塚と小牧は自分の怒りを抑えるためにも淡々と感想を口にする。

「おい、七瀬!もしもし!もしm…」
「我々はメディア良化法にたてつき、公序良俗と人権を軽んじる図書館を憂い、人質の生命と引き替えに情報歴史資料館の資料破棄を要求する。」

―好き勝手言ってくれちゃって…!―

身を起こした私は強打した頭の所為でふらつきそうになる身体に鞭打って稲嶺のもとへ戻る。

「七瀬さん…」
『大丈夫です…咄嗟のことで対応できなかっただけですから。』
「…無理はしないように。」
『帰ったらちゃんと手当してもらいますから。』

迎えが来ることを信じて話す私に稲嶺は一瞬目を見開いたが強く頷いた。

「取引条件は以下の通りだ。
本日情報歴史資料館から引き取ったすべての資料を麦秋会に開示し、メディア良化委員会が発表した本日の押収予定リストと照らし合わせたうえ、全資料を焼却処分せよ。
開示準備に2時間与える。また連絡する。」

そしてブチッと連絡は切られた。
逆探知は惜しくも失敗に終わる。

「笠原、柴崎も呼んで来い!」
「は、はい!」

彼女が飛び出して行くと堂上は俯いて拳を握っていた。
その所為で手に血液が行き渡らず白くなっているのを見て小牧がそっと拳をとかせる。

「彼女なら大丈夫。」
「…」

そこに柴崎を連れた笠原が戻って来た。
事情は笠原からすべて道中で簡単に聞いたらしく彼女は小さく笑っていた。

「頭使いましたね、七瀬。」
「わかるのか!?」
「今度笠原と3人で行く予定だったカジュアルレストランです。」
「予約がいるような大層なお店じゃないし、そもそも今日行く予定じゃないよね?」

柴崎が頷くと急かすように堂上が問う。

「店の場所は!?」
「確か…立川。」
「警察さん、立川だ!稲嶺司令は立川市内にいる!!」

警察は玄田の声に従い立川に範囲を狭め捜索を始める。
資料の複製を必死にやっているらしいが、2時間では間に合うかどうか…
最悪麦秋会の要求を呑まなければならないかもしれない。

「それで本当に大人しくなる連中ならまだいいが。」

堂上の眉間の皺が深くなると柴崎がそっとそこに触れた。

「っ!?」
「ここすごいことになってますよ。」
「…」
「七瀬が帰って来ても取れなさそうなほど深いですよ。
それにそんな怖い顔で七瀬を迎えに行くつもりですか?」

彼が柴崎を睨み付けても彼女は話すのをやめなかった。

「大切だからと言って彼女を戦闘から遠ざけたこと…後悔してますか?
日野の悪夢を知る彼女だから苦しめたくないという判断は堂上教官個人の我が儘でしょう?
それが誘拐によって稲嶺司令と2人…よりにもよって日野の悪夢を身近で体験した2人が襲われているんです。
後悔してもしきれませんよね。」
「…あぁ。後悔したとしてもなかったことにはならん。」

彼女はその言葉を聞いて満足したかのように堂上の額から手をどけて部屋の隅へ移動した。

「痛いとこついてくるね、彼女。」
「…お前が言うか。広報支援部の方を見てくる。」
「俺が行きまs…」

その場を離れたくて歩き出した堂上を手塚が追おうとすると小牧が片手で彼を制した。

「行かせてやって。」
「っ…」

堂上は歩きながら柴崎に言われた言葉、電話越しに自分の無事を心配する私の声、さっき聞いた私が殴られて倒れた音と痛みを堪えるような声…今も独りで戦っている私を思い彼は俯いた。

「クソッ…!」
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