カミツレの涙(図書館戦争)(完)

□状況〇五
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笠原のもとに両親からはがきが届いて数日後、私たちはオフィスで机に向かって仕事をしていた。
私も短くなった髪に慣れてきて心を許した人々の前では飾らず過ごせるようになっていた。
その日、玄田は新世相の9月号を読んでいた。表紙には“情報歴史資料館攻防戦の全貌!関東図書隊の活躍”という特集タイトルが掲げられている。
この特集記事を書いたのは折口だろう。

「なかなかいい記事だった。あとはお前らで好きに読んでいいぞ。」

玄田が新世相を堂上に渡すと彼のもとに私、小牧、手塚が集まってくる。

「だいぶ紙面割いたね。」
「これは良化委員会も痛手だろうな。」
『ここまで大きな記事になるなんて…』
「笠原は見ないのか?」
「バレたら連れ戻される…いや、上手いことやり通すんだ!がんばれ、私!!」

彼女のブツブツ言っているのを聞いて私や堂上、小牧も手塚同様笠原の方を見る。
彼女は席についたまま頭を抱えていた。

「そういや今日だったな。」
「一世一代の大芝居か。」
「なりきれますかね、図書隊員に。」
『うーん…難しい気がするのは私だけ?』
「「「…」」」
「神様仏様王子様…」

笠原が祈るように神々の名に王子様…すなわち堂上のことを含んだため私は小さく吹き出した。
すると堂上は私の頭をパシッと叩き、私の隣では小牧が笑った。

「どうか私をお守りくだs…」
「失礼します。」

そこに柴崎が扉をノックと共に開いて顔を覗かせた。

「ご両親みえたわよ。」
「うわぁああああ、あぁああああ!!」
「ぷふっ…」
「いい加減腹くくれ。元々お前がちゃんと説明してないからこうなるんだろうが!」
『これは図書隊員になりきる前に、平常心でいられるかどうか…が問題になりそうね。』
「あぁ…」

私の言葉に手塚が呆れたように溜息を吐く。

「ほら、行きなさいよ。」

笠原は柴崎の言葉に覚悟を決めて立ち上がる。
そのとき私は堂上が開いていた新世相のあるページに掲載された写真に目を留めた。

『この写真…』
「あ…」

そこには救急車へ運ばれる稲嶺に付き添う笠原の姿があった。

「おい、笠原。コレ…まずいんじゃないのか?」
「うっそぉおおおお!!!」

手塚が私の手元から新世相を取り笠原に見せると彼女はますます顔色を悪くしたのだった。
ただいつまでも両親を待たせておくわけにもいかず、私は呆れつつも笠原の背中を押す。

『ほら、いつまでも突っ立ってないで行きなさい。』
「…」

彼女が図書館の閲覧スペースへ向かうと私たちも仕事がてら大量の本を抱えた状態で陰から彼女を見守ることにした。
私、堂上、小牧、手塚、柴崎が本を持ったまま見つめる先で笠原は両親と向き合って喋っていた。

「げ、元気そうで何よりでっ…だね。」

「なんだ、ありゃ…」
「親相手に噛みましたが…」
「フフフッ…」
『笠原にとっては笑い事じゃないですよ、小牧教官。』
「ハハッ、ごめんごめん。」

「そういえばお前どこにいたんだ?図書館勤務じゃないのか?」
「え!?ち、地下の書庫にいたの。明日はこの階だから大丈夫。」

―何が大丈夫なんだ、私!!―

「ねぇ、郁。今日は検閲とかないんでしょうね?もし襲撃とかあったら…」
「そ、そんな毎日あるわけないじゃん。」

「痛々しい…」
「よっぽど怖いんでしょうね。
昨日夜中に着替えるほどの寝汗かいてましたよ。」
「この季節にか!?」
『怖いのか、両親の愛に気付かないバカなのか…
それとも両親の愛が重すぎるのか…部外者の私たちにはわかりませんけどね。』
「…」

私の言葉に背後にいた堂上は息を呑み、そっと頭を撫でてくれる。

『教官?』
「…羨ましいか?」
『いいえ、私に両親の愛情なんていりませんから。
家族としては彼らの分まで兄が大切にしてくれましたし、今は堂上さんやここにいるみんなが私を独りにしないでしょう?』

私が微笑みかけると堂上はほっとした様子で笑みを零し、小牧はいつものように笑っていて、手塚は照れた様子だがどこか嬉しそうで、柴崎は私に抱きついてきた。

「もう…髪型も相まってかわいい!」
『柴崎!静かに…』
「ふふっ、ごめんなさい。」

そんな私たちがじゃれ合っている間も笠原は両親と向き合っていた。

「じゃあ、行こうか。」
「待っている間に一通り見終わったぞ。」
「ねぇ、郁。基地の中も見たいんだけど。」
「はぁ!?」

すると彼女は困った様子でこちらへ早足でやってくると堂上に両手を合わせて頼み込んだ。
私と柴崎は近くで書物を片付けながら耳を傾ける。
小牧と手塚は自分の仕事に取りかかってこの場にはいない。
笠原の話によると両親が基地内を見学したいということなのだが、それを彼女自身は断りたいらしい。

「堂上教官、部外者は立ち入り禁止って教官から説明してください!」
「アホか、貴様!見学コースがあるのにでたらめ言えるか!」
「…じゃあ、柴崎!七瀬!!一緒に来て?」
「イヤよ、そんな広報みたいな仕事。」
『私もパス。正直言って面倒くさい。』
「じゃあ…教官が…」

笠原が彼の腕を掴むとそれは振り払われた。

「俺は上官だぞ!?お前に対する評価を訊かれたらどうすんだ?
図書館業務に関しては物覚えが悪く、がさつで、粗忽で、見るとこなしってそのまま話すしかないぞ?」
「ひどい!私そこまで…!!」
『しーっ…2人共、声が大きい。』
「すまん。」
『もう…』

そのとき本棚の陰から笠原の両親がこちらを心配そうに見つめているのを視界に捕らえた堂上は私と柴崎を呼んだ。

「…おい、ここは柴崎と七瀬が付き合ってやってくれ。」
「『えー…』」

すると笠原が私と柴崎のネクタイを掴んでぐっと顔を寄せてくる。

「今度何か奢るから助けてくださりやがれ、テメェ…!」
『それが人にモノを頼む態度か!?』
「外ランチ、デザート付き。」
『私も。』
「臨むところだ!!」
「『はぁ…』」

仕方なく私と柴崎は笠原の両親に基地を案内することにした。
私の仕事は堂上、小牧、手塚が代理で熟してくれるらしい。
私、笠原、柴崎の順で並び基地内を説明しながら両親を先導するように歩いているうちに空は夕焼け色に染まり始めた。
ヘリコプターが停められている横を歩いていると笠原の母、寿子が呟いた。

「なんだか怖いわね…」
「教官の怒号よりはマシです。フフフッ、ね?笠原さん。」
「アハハハッ、そうだね…」
『ハハハッ…』

―わざとか!!―

笠原の心の声が聞こえてくるようで私は苦笑するばかり。

「このヘリコプターはどんなことに使うの?」
『移動用の他、怪我人の搬送や訓練用に。』
「こう見えて15名は乗れるんですよ。」
「…そういえば七瀬さんはどのような部署に?」
『防衛部のタスクフォースに所属しています。』
「ぼ、防衛部!?」
『はい。本を守るために戦いますし、このヘリから降下する訓練を受けたことだってあります。』
「そんな!女の子なのに危ないわ!!!」
「お母さん!!」
「頬に傷があるのももしかして…」
『先日少し大きな戦いがありまして…』
「女の子が顔に傷なんて…そんな危ないことはやめなさい!?
ご両親が心配するでしょ!?」
『……』

―こんなに聞く耳を持たないで言われれば笠原でもイヤになるのがわかるわ…
実の娘ではない私でももう聞きたくないって思うもの…―

「ご両親は貴女がそんな危険な仕事をしてることを知ってるの!?」
『…両親は私のことを邪魔に思っていますから。
自分の保護下から消えたことが嬉しいそうですよ。』
「娘を大切に思わない親なんているわけ…」
「お母さん!」
「やめなさい。…それ以上はそれぞれの家の事情だ。」
「でも…」
『私は大きな事件を目撃し、本を守るために戦うと決めました。
そしてある人と約束をしたのです、図書隊の一員として戦うと…
私は自分が選んだこの道に誇りを持っています。
私自身を見て認めてくれた人…私を独りにしないって約束してくれた人…
そんなバカみたいに素敵な人たちと出逢って仲間になれたんです。
私にとって図書隊は…防衛部は唯一自分らしく生きたいと感じた場所なんです。
…これ以上私の生き方を否定しないでください。』

私は泣きそうな顔で寿子を振り返った。
すると彼女は申し訳なさそうに俯いた。

「…ごめんなさい。私何も知らなくて…自分勝手なことを…」

私はそれ以上何も言わず案内を始めた。
ふと私の家の事情を知る笠原と柴崎が私の顔を覗き込む。

『…大丈夫よ。』
「ごめん…」
『笠原、謝る必要はないわ。
普通はああ言われるのが普通なんだから。』
「…」
『心配してくれる両親がいるのは幸せなことよ、忘れないでね。』
「…うん。」

笠原は私の手を握り、足を進めた。
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