カミツレの涙(図書館戦争)(完)

□状況〇六
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ある夜、私、笠原、小牧は“予言書”と呼ばれる貴重な書籍を受け取るため山梨の古書店に来ていた。

「よろしくお願いします。」
「本当にいいんですか?こんな貴重なものを…」

小牧は古書店の店主の男性から本の入った封筒を受け取りながら尋ねる。

「どうせ店には出せません。私はこの本をたくさんの人に読んでほしいんです。
それには図書館に置いてもらうしかありませんからね。」
『感謝します。』

アタッシュケースに入れてから私たちは店主に頭を下げ、仲間が運転する車に乗り込んだ。
高速道路を使って山梨から東京…関東図書基地へ戻れば任務は終了…のはずだった。
道中笠原はそっとアタッシュケースを開き私と小牧に尋ねる。

「この本…そんなに貴重なんですか?」
「良化法の制定と同時に激しい検閲を受けたからね。
もう市場には一冊も残ってないんじゃないかな。」
「翻訳小説でしたっけ…?」
『アメリカの作家が書いたSF小説よ。』
「SF?」
『本が狩られる世界が描かれているの。
主人公は良化隊みたいに本を焼く仕事をしてる。』
「それってまるで…」
「今の僕らの状況を予言してるみたいでしょ?」
『60年も前に書かれた本なのに。』
「それにしても七瀬さんは詳しいね。」
『受け取りに行く前にどんな本なのか気になって調べましたから。』
「ふぅん…」

そのときふと顔を上げた私と小牧は車のサイドミラーに一台のワゴン車が写り、私たちの後方の道に入ったのを見た。

「『…』」

ただ目配せをしただけで様子を見ることにした。

「だから予言書…」
「フランス人の監督が映画にもしてる。」
『そっちも今は検閲されて見れないけどね。』

そこまで話したときに真後ろにいた車が私たちを抜いて行ったことで、さっき私と小牧が気になったワゴン車が後ろにまるで尾行するかのように来ているのがはっきり見えた。

『小牧教官…』
「うん…後ろの車、気になるな。ひとつ手前のインターで下りよう。」
「了解。」

運転している隊員が予定よりひとつ手前のインターで下りたため車は日野の街を走りだす。
暫く走っても後方に追って来る車は見られなかった。

『取り越し苦労でしたかね…?』
「みたいだね。」

ほっとしたのも束の間、突然私たちの前で良化隊のトラックが道を塞いだ。
急ブレーキによって飛び出しそうになる私の身体を小牧が押さえてくれることで踏ん張った私は顔を上げる。

『良化隊!?』
「待ち伏せか!!」

バックして逃げようにも逃げ道さえ塞がれた。

「さっきの車!?」
「やっぱり…!!」
「囮になります。」

そして運転席と助手席にいた2人の隊員が叫びながら良化隊へ突撃していった。
そちらへ注意が向いている間にアタッシュケースを抱えた笠原と、彼女を庇うように私と小牧が車を飛び出し走りだした。
良化隊に向かって行った隊員が囮だと気付くと良化隊員たちは私たち3人を探し始める。
川沿いを走っていると銃器を抱えて追いかけてくる音が聞こえ自然と走る足が速まる。

『…この近くに隠れる場所があったはず。』

私は周囲を見回しながら走り、はっとした瞬間前を走る2人の腕を掴んで橋の欄干の下へ引っ張り込んだ。

「「っ!!?」」
『しっ…』
「いたか?」
「いない!」
「やはり上がったか…!?」

川沿いではなく土手の上を逃げたと思った良化隊が走り去ったのを確認して私たちは息を吐く。

「「『ふぅ…』」」
「流石に速いね、笠原さん…」
『ついていくのでやっとだわ…』
「これが私の売りですから。」
「それに七瀬さんも咄嗟にここに隠れるなんて…いい発想だね。」
『こういうところによく兄と隠れてましたから。』
「隠れるって誰から?」
『親の目から…勝手に家を脱け出して、見つかったときにはこういうところに隠れて…
悪いことをしてるのが何故だか楽しかったのを思い出したんです。』
「七瀬…」
「その経験が役に立って助かったよ…」
『それより笠原、基地に連絡。』
「うん。」

私と小牧が息を整える隣で笠原は自分の携帯を取り出した。

「あ…なんて報告しましょうか。」
「最悪の事態です、って。」
「はい。」

ちょうど笠原が電話を掛けようとしたとき携帯から漏れる光で私たちの居場所がバレてしまった。

「いたぞ…あそこだ。」

足音を聞き取った私は息を呑む。

「ヤバッ!」
「走って!!」
『こっちです!!』
「こちら玄田…」

繋がろうとした電話から玄田の声が聞こえた気がするがそれに応えることもできないまま笠原は携帯(ガラケー)を閉じる。
私は近くの塀をよじ登りガードレールを飛び越えて土手の上へ出ると小牧と笠原に手を貸して引き上げ走りだす。

「止まれ!止まらんと撃つぞ!!」

笠原を先に行かせて近くの階段へと曲がろうとした瞬間、良化隊が数回発砲した。

「っ!!」
『くっ…』

そのうちの一発が私の左腕を掠め、他の一発は小牧の右ふくらはぎに当たった。
私は走る足を止めなかったが、脚を撃たれた小牧は血を流しながら転倒してしまう。

「『小牧教官!!』」
「大丈夫、かすり傷だ。」

私はすぐに小牧に駆け寄り肩を貸して立ち上がらせる。
その間に笠原はあろうことかこちらへ銃口を向ける良化隊に向けて声を荒げた。

「今撃ったのは誰!!!?
市街地は協定に定められた緩衝地帯でしょ!!
たとえ良化隊でも発砲権はないはずよ!!
ぶっ飛ばしてやるから前に出なさい!!!」
『笠原!そんなこと言ってる場合じゃないから!!』
「でも…だって!」
「行くよ!」

小牧が彼女の腕を引いたことで釈然としないながらも笠原は再び階段を駆け上がり始めた。
私は彼女の後ろを小牧が倒れないよう右手で支えながら走る。
その頃、堂上と手塚は玄田がいる事務室へ走っていた。

「笠原からですか!?」
「掛かってきたんだが、出たら切りやがった。」
「は?」
「それからいくら呼んでも出やがらねぇ。」
「小牧と七瀬も…?」
「堺と原田もだ。」

堺と原田というのが囮になってくれた図書隊員の名前だ。
その報告を受けて手塚は近くにある東京都の地図へ目を向けた。

「この時間だと八王子か日野の辺りですね。」

私たちはというと水路へ入り身を隠していた。
良化隊も私たちを見つけることができず探索箇所を変更するべくワゴン車で移動したらしい。

「ギリギリで撒きましたね…七瀬がこの辺りの地理に詳しくて助かったよ。」
『役に立ってよかったわ。教官、脚大丈夫ですか…?』
「焼弾が掠っただけだから…でももう走るのはしんどいかな。」
「ひどい…」
『…止血します。笠原は周囲を警戒してて。』
「わかった。」

私は止血用の布を取り出すと歯で丁度いい大きさに引き裂いて小牧の脚にある傷口に当てるとぐっと縛って止血をする。

「許せない、さっきの良化隊員…!」
「フフフフッ…」
「『ん?』」
「何がおかしいんですか?」
「いや、なんでもない。」

私と笠原はこんなときに笑う小牧の様子に顔を見合わせて首を傾げたのだった。
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