カミツレの涙(図書館戦争)(完)

□状況〇七
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年も明けたある日、私たちはいつものように事務所で仕事をしていた。

「七瀬―!」
『ん?』
「なんだ…騒がしいな。」

そうしているとタスクフォースの先輩たちが事務所に駆け込んで来て私を手招きした。
私は事務所内にいた堂上や玄田と顔を見合わせて首を傾げつつも先輩たちの方へ足を向ける。

『どうしました、先輩方?』
「なぁ、この前歌ってたのって七瀬だろ?」
『え…あー…聞かれてましたか…』
「そりゃ、あんなに綺麗な声だったら聞きたくもなるさ!」

―堂上さんにも聞こえてたんだし、みんなに聞こえてて当然か…―

『でもそれがどうかしましたか?』
「俺たちさ、バンド組んでるんだよ。時間があるときに少し演奏する程度だけど。」
「だからボーカルとして所属しない?」
『え…?』
「歌も検閲対象になるから堂々と活動はしないけど、趣味程度だから…どうかな?」
『なかなか練習とか行けないですよ?』
「構わない!」
「俺たちのバンドで歌ってくれないか?」
『私でよければ。』
「「「「やったー!!」」」」
「貴様ら、うるさいぞ!」
「あ、彼氏が来たー!」
「でも本人からOKが出たんだ!逃げるぞー!」
「「「わー!!」」」
「アホか…」
『ハハハッ、賑やかですね。』
「本当にバンドで歌うのか?」
『趣味程度って言ってましたし、私も歌うのは好きですから。』
「…初耳だが。」
『なかなか家でも学校でも歌えなかったのでそれほど歌う機会はありませんでした。
図書館でも歌うことなんて普通はないでしょう?』
「バンドってのもほとんど表では活動していないくらいだからな…」
『この前歌ったのも久しぶりに歌いたくなっただけですよ。
まさかそれがきっかけでこんなに大事になると思ってなかったですけど。』

堂上が私の髪を撫でながら笑う。
私も彼を見上げて笑っていると突然私たちの背中を強い衝撃が襲った。

「『っ!!』」
「ハハハッ、七瀬がバンドに所属か。面白いじゃないか!」
『痛い…』
「た、隊長…」
「小林!お前もバンドでギターやってたな。」
「え、はい!」

事務所の片隅にいた隊員を呼んだ玄田は彼に自室からギターを持ってくるよう命令した。

『…何をするつもりですか?』
「俺だけちゃんとお前の曲を聞いてないからな!」
『…そういえばあの日隊長はまだ寮に帰られてなかったそうですね。』
「あぁ!だからこれからどうせ昼休憩だ。一曲ぐらい歌え!」
『はぁ…』
「これはもう逃げられないぞ。」
「お待たせしました!」

そこに小林が帰ってきたが彼の手にギターはない。
それどころかさっき私を勧誘したバンドメンバーが揃っていた。

「歌うんだったら俺たちも協力するよ。」
「高校の頃からずっとバンド組んで来たんだ。ドラムなら任せろ!」
『…大きな話になっちゃったじゃないですか、隊長。』
「ハハハハッ」

彼の笑い声に呆れつつ私は先輩たちに連れられて図書館の事務所奥にある小さなバンドの練習室へ足を向けた。
そこにはギターやベース、キーボード、ドラムなどがあり綺麗に手入れが行き届いていた。

『こんなところがあったんですね…』
「ハハハッ、あまり知られてないんだけどな。」
「表に出せない秘密のバンドだから仕方ない!」
「でも今日はボーカルがいるんだ。本気で演奏してやるよ。」
「どの曲だったら知ってる?」

私は彼らが見せてくれた楽譜の中から今の私にピッタリな一曲を見つけて指さした。

『これ…』
「おぉ…!」
「俺たちもこれは好きだ。」
「最近俺たちにも自然に接してくれるようになったお前にピッタリだな、七瀬。」
『先輩…』
「入隊当時の冷徹さがなくなって表情も豊かになってきたしさ。」
「玄田隊長や堂上班の奴らにだけかと思ったら最近だと俺らタスクフォースに対してもなんだか柔らかくなったじゃん?」
「だから今日も誘ってみようって話になったんだけどな。」
『そんなに変わりましたか…?』
「全然違う!」
『ハハハハッ』

彼らに混ざって笑う私の様子を玄田と堂上も部屋の外から見つめていた。
堂上の眉間に皺が寄り不機嫌になっていくのを見た玄田は声を上げて笑った。

「ハハハハッ、そんなに自分の女が他の男たちに囲まれてるのが気にくわないか。」
「ちょっ、隊長!!」
「隠すまでもないだろう。
現にお前の顔は不機嫌そのものだ。」
「…」
「アイツが笑えるようになってるのはいい傾向じゃないか。」
「そうですが…その分心配になるんですよ。」
「美人の恋人を持つと苦労するな、堂上。」
「…はい。」

だが私の笑顔を見守る堂上の目は優しいものだった。
玄田はそんな部下たちの様子をただ見守っていた。
そうしているうちに準備が整い私はバンドの前にマイクスタンドを立てて小さく息を吐いた。

『…私バンドなんて初めてなんですけど。』
「好きにやっちまえ!」
「合わせるのは俺たちの役目だ。」
『はい!』

すると私の背後で演奏が始まり自然と私の身体も聞き慣れた大好きな曲に合わせて揺れ始めた。

「この曲は…」
「堂上も知ってるのか?」
「俺も好きな曲です…“changes”…古い自分から新しい自分に変わる決意の曲です…」
「七瀬自身のことを歌ってるみたいだな。」
「はい…」

笑顔で歌い始めた私を堂上は見つめ、私は彼の目を見つめ返して”君の手の平が触れる度に溢る想い“や“両の手の平じゃ足りないほど溢る想い”などと歌い上げていく。
すべては堂上がくれた想い、そして今の私を生み出してくれたのは言うまでもなく愛しい彼なのだから。

《changes》

私が歌っているうちに昼休憩に向かおうとしていた図書隊員が部屋から聞こえてきた旋律に誘われるようにこちらへやってきた。
堂上と玄田は驚いたように室内に入ると壁沿いに立つ。

「ん!?」
「図書隊にバンドなんかあったのかよ…!?」
「歌ってるのって七瀬さん!?」
「堂上教官、これどういうことですか!?」
「七瀬が歌ってる…」
「笠原…手塚も…」
「巡回を終えて事務所に行ったら誰もいないし、七瀬の歌が聞こえてくるし…」
「何事かと思いましたよ…」
「ハハハッ、七瀬さん楽しそうだね。」
「小牧…」
「七瀬、可愛いじゃないの。これはまたいろんな人を魅了してしまいますね。
虫除けが大変ですね、可愛い彼女を持つと。」
「ほっとけ…」

柴崎の言葉に堂上は照れたように顔を背けるが、その視線は歌っている私へと自然と向く。
バンドと共に笑みを交わして歌い終えた私はこちらを見つめる優しい視線の堂上…そして大好きな仲間たちに目を向ける。
周囲にたくさんの図書隊員が集まっているのなんて気にせず私は堂上班と玄田の方へ駆け寄って行く。

「「七瀬―!」」
『うわっ…』
「可愛いー!」
「あんなに笑顔をばらまいちゃって…彼氏さんが怒っちゃうわよ?」
『え?』

笠原と柴崎に抱きしめられながら私は少し首を捻って斜め後ろにいた堂上を振り返る。
彼は困ったように笑いながら私の頭をくしゃっと撫でてくれる。

『教官…怒ってます?』
「いや、怒ってはいない。だがお前のファンが増えそうで腹が立つ。」
『え…?』
「はぁ…」
「自分の良さに無自覚な彼女ほど手が掛かるものはないですね、教官。」
「まったくだ。」
「『え?』」

柴崎の言葉に溜息を吐く堂上の様子に私と笠原は首を傾げるだけだった。
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