カミツレの涙(図書館戦争)(完)

□状況〇八
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「七瀬の命令で動いたなんて…
何言ってるの!?砂川の奴…私抗議してくる!!」
『笠原、落ち着いて。』
「でもっ!!」
『今の笠原が行っても状況が悪くなるだけよ。』

電話を受けた玄田も堂上たちも慌てたなか、張本人の私は冷静だった。

「冷静だね、七瀬さん…」
『みなさんが慌ててると逆に冷静になるんですよ。』

私は小さく小牧に微笑みかけると仲間たちに頭を下げた。

『いってきます。』

事務所を出て足を進めようとすると背後にあった扉が音を立てて開いて私の肩が掴まれた。

『っ!?』
「待て!!」

私の肩を掴んだのは堂上だった。
彼は私を近くの物陰に引っ張り込んで壁に押しつけた。
私は背中を壁に預けたまま悔しそうな顔をする堂上の顔を正面から見つめた。

『堂上さん…』
「行くな…」
『そんなことできないでしょう?
良い方に考えたらいいんですよ。
笠原と私が手塚も荷物を運ぶ手伝いをしてたって言えば解決も早くなるはずです。』
「…」
『堂上さんは私があんなバカに命令して図書を不正処分するように見えますか?』
「そんなわけあるか!!」
『だったら信じて待っていてください。
やった証拠がないんですから大丈夫。』
「朱音…」

彼は私を一度だけ強く抱きしめてから解放した。

『…笠原のことお願いしますね、堂上さん。』
「任せろ…ここで待ってるからな。」
『うん。』

彼に微笑みかけて私は歩き出し、堂上は私の背中が見えなくなるまで見守っていた。
彼が事務所に戻ると仲間たちが心配そうに彼を見ていた。

「堂上…」
「七瀬は…」
「強がって行きやがった…」
「やっぱり強がってたんだ…」
「どう見てもそうだろう…それに…」
「それに…?」
「俺と2人のときにもアイツは敬語だった…」

―堂上さんって呼ぶ癖に敬語のまま…それはお前が強がってる証拠だろう…?―

「アイツが強がってるってわかっても俺は…見送ることしかできなかった…」

何もできない悔しさに堂上が拳を握るのを玄田、小牧、笠原、手塚はただ見つめることしかできないのだった。


私は査問会の部屋へ向かいながらずっと考えていた。

―私には堂上さんや他のみんながいてくれる…
昔感じてたような孤独はもうない…味方がいてくれるから大丈夫…―

それでも私の手は小さく震えていた。自嘲気味に笑って私はその手を押さえ込む。

―強がってもやっぱり怖い…できることならさっき行きたくないって堂上さんに縋りつくことだってできた…
でも逃げたくないから…タスクフォースのためにも戦いたいって思ったから…―

俯きそうになった顔を上げて私は進む。

―狙われているのは稲嶺さんが大切にしてくれてるタスクフォース…
砂川だけじゃこんな査問を動かすことなんてできないはず…誰かが裏で操ってる…
笠原や私を狙ってる奴がいる…誰だ…?―

そう考えているうちに部屋に到着して私は扉をノックした。

『失礼します。関東図書隊防衛部図書特殊部隊所属、七瀬朱音一士…入ります。』
「…始めようか。」

私はそれから暫く笠原のときと同様質問攻めにあった。
それでも冷徹美女の名に相応しい無表情のまま淡々と質問に答えていく。
そんな私の様子は査問委員会にとっては面白くないもの。
だんだん質問が攻撃的になってきていることに彼らは気付いていないのかもしれない。
だが私は態度を変えなかった。変えてしまえば怒り狂って不要なことも言ってしまいそうだったからだ。
自宅に居場所を感じられない悲しい日々から身につけた無表情の仮面を被ったままやり通した。
すると業務に戻る時間になって私は漸く査問会から解放された。

「今日はここまでにしよう…まだ解放されると思うな。」
『…失礼しました。』

私が部屋から出ると近くで堂上が壁に凭れて腕を組んだ状態で待っていた。

『堂上さん…』
「…」

彼は何も言わずに私を強く抱きしめてくれる。
その身体が震えているのに気付くと同時に私も小さく震えていたことを知った。
彼の背中に手を回してしがみつくと彼は私を抱く腕に力を込めてくれる。

『…大丈夫、私はここにいますよ。』
「アホが…俺と2人のときに教官呼びしないのに敬語のまま話すなんてお前らしくないぞ。」
『あ…』
「仕事とプライベートの切り替えができていない時点でお前が混乱してるのなんてお見通しだ…もう強がらなくていい。帰ろう。」
『うん…』
「朱音…おかえり。」
『ただいま、堂上さん…迎えに来てくれてありがとう。』
「あぁ…」

すると彼は私の手を取って強く握ると歩き出した。
私が査問会に呼ばれたことはあっという間に広まっていたようで、周囲からの視線が痛い。
だが彼が繋いでくれた手からぬくもりが伝わってきて、それに縋ることで私も心を保っていられた。

「…堂上、七瀬、両名戻りました。」
「七瀬!!」

駆け寄ってきた笠原を抱き留めて私は彼女の胸に額を当てる。

「七瀬…」
「流石の七瀬でもだいぶ応えたみたいだな。」
「また無表情になってる…強がってる証拠だね…」
「早速で悪いが、七瀬。何を訊かれた?
お前にはICレコーダーを仕掛ける時間がなかったからな。」
『…玄田隊長、仕掛けたって言っちゃってますけど?
あれは偶然私物があって録音ボタンが入っただけなんでしょう?』

私が笠原の胸元から顔を上げながら小さく笑って見せると玄田は一瞬きょとんとしたがすぐに声を上げて笑った。
その様子に仲間たちもほっとしたように笑みを零す。

「そうだったな!」
「七瀬さん…」
「アイツは初めて会ったときとは違う。
俺たちを信じて無表情の仮面なんかすぐに脱ぎ捨てるさ。」
「あぁ…だからこそ俺たちはここを彼女の帰る場所として守り続けないといけないね。」
「…当然だ。それができるのは俺たちだけだからな。」
「俺だけ、の間違いじゃない?」
「なっ…」

小牧の指摘に顔を赤くした堂上だったが、すぐに訂正した。

「…アイツを支えるのは俺だけだと思いたいが、家族のようにアイツが甘えられるのはこの場所だけだ。
だから…俺たちがアイツの居場所を守る…その言葉に偽りはない。」

堂上の言葉に小牧は優しく微笑んで彼の肩に手を乗せた。

「そうだね…俺も協力するよ。」
「勝手に一人抜けることは許さん。」
「ハハハッ。」
「それで七瀬…どんな内容だった。」

玄田の言葉に私たちの顔に緊張が走る。
私は笠原から離れると玄田の前に立って報告を始めた。
すると私の両側に堂上と笠原が立ち、その周りに小牧や手塚も歩み寄ってきた。

『ほとんど笠原が訊かれたものと同じ内容の質問でした。
そこは対策で考えたものだったので難なく答えられたんですが…その後が…』
「どうかしたのか?」
『…非常に言いにくいことなのですが、砂川は私に好意を持っていたもので…』
「「「っ!?」」」
「…告白は?」
『入隊してすぐの頃に。自分勝手な言葉を一方的に押しつけられたので今でも思い出すだけでイライラする過去です…
きっぱり断って、それからはタスクフォースへの所属などいろいろ忙しかったので顔を合わせることもぱったりなくなったんですけど…』
「アイツはまだ諦めていなかったということか。」
『それはわかりません…
しかし私に近づくためにやったと…私に言われて惚れた弱みにつけこまれたと電話越しに証言したそうです。
査問では好意のある男を利用したのではないか、すべてわかったうえで駒にしたのではないか…などなど好き勝手言われましたよ。』
「…そんなこと七瀬がするはずないじゃん。
全部砂川の逆恨みでしょ!!?」
『まぁね…でも私が日野の悪夢を目撃した人物で稲嶺司令に肩入れし、良化法を恨んでいることは事実…』
「まさか…」
「そのこともバレていたのか…?」
『いいえ、まだそこまでは…しかし私と稲嶺司令に何らかの接点があることは査問会も掴んでいるようです。
司令と一士以上の関係があるのではないか、と。
でもそこに関しては強く査問委員会も追求してきませんでした。』
「おそらく砂川の件とは関連性が低くなり、行政派が原則派…いや、稲嶺司令を落としたい意図が掴まれると踏んだんだろう。」
『私も笠原同様検閲に対する反発をする火種になると思われてる…』
「そんな…」
『あ、でもやってないわよ!?あんな男に私が関与するわけないじゃない。
そんな面倒なことやるくらいならもっと別のことに時間を使うわ。
だから笠原…一緒に戦おう。私もアンタが一緒だと思えるから強がっていられる。
ここにいるみんなが信じてくれてるから…だから負けないでいられる。』
「七瀬…」
『長期戦覚悟で正面からぶつかってやろう。』
「うん!」
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