妖狐末裔綺譚(不機嫌なモノノケ庵)(完)

□四ノ怪
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指輪捜し当日15時30分…私たちは教室で終礼を受けるべく席についていた。

「…でな、5歳の娘が俺のために絵を描いてくれてな。
リボンまで結んでプレゼントしてくれたんだよ。
その絵ってのはとても5歳とは思えない上手さでな。
あの子は絵の才能があると思うんだよな。
今度皆にも見せてやるぞ!娘の写真もな!」

―HRで娘自慢やめろよ…―
―早く話し終わんねぇかな…―

そのとき伏見(フッシー)が手を挙げた。

「はーい、先生―」
「何だ、伏見?」
「コンビニ行きたいのでもう帰ってもいいですか?先生話長いよー」
「おー、悪い悪い。もうこんな時間か。
ではHR終了。寄り道せず真っ直ぐ帰れよ。」
「ええー…」

伏見の一言でHRが終わり、私は彼の席に駆け寄ると机の上にキャンディをいくつか乗せた。

「んー?」
『フッシー、ナイスプレー。急いでたから助かったわ。これお礼ね。じゃあ!』

先に教室を出ていた安倍と芦屋を私は急いで追いかけたのだった。
そこにサガがやってきてフッシーに声を掛ける。

「ファインプレー。あと何十分娘自慢聞かされるかと思ったぜ。
にしてもよくあの空気で話遮れたな。」
「うん。コンビニに早く行きたかったのもあるけど…」

HRで担任が娘自慢をしている頃、フッシーはあくびをしながら私、安倍、芦屋の様子を見ていたらしい。
芦屋はスマホをチラチラ見ながら私と安倍をさりげなく振り返り、
私と安倍はイライラし、安倍に至っては担任を睨み、私は貧乏揺すりを始める始末。

「芦やんは顔面蒼白で、アベノンは殺人鬼みたいな目で担任睨んでて、コザキンは足を小刻みに揺らしてたから、これ以上娘自慢が長引いたらヤバいなーと思って。」
「お前、いい奴だな。」
「はい、これ。コザキンがくれたキャンディ。お裾分け−」
「てか、コザキンって?狐崎?」
「そう呼んでいいって言われたー」
「へー…」

その頃、私たちは物怪庵を経由し、躙口を小川沿いに出していた。
外に飛び出した私の手には革靴と体操服袋がある。

「今何時だ。」
『15時36分…6分遅刻。』
「チッ…」

最後に出てきた芦屋の背中にはモジャもくっついている。
私と安倍は周囲を見回して、カサカサと揺れる草むらを見つけた。

『あ、いた。』
「遅くなって申し訳ない、マンジロウ。」

草むらから出てきたのはウナギのような妖怪だった。
マンジロウは顔にシワを寄せると、こちらへ体を伸ばして詰め寄ってくる。

「安倍の坊主!狐崎の嬢ちゃん!客を待たせるたァ何事でえい!」
「『すいません…』」
「もう4度目だからって気ィ緩んでんじゃねえのか!!」
「絡むなッ、痛てぇだろ!くッ!」

マンジロウは安倍に絡みついてぎゅうっと縛る。
そんなマンジロウを私はむぎゅっと掴んだ。

『はい、そこまで。』

マンジロウが安倍から離れると芦屋を見る。

「誰だ、この坊主等?」
「うちのバイトだ。」
「芦屋です。初めまして、マンジロウさん。肩にいるのはモジャです。」
「“さん”なんてむず痒い呼び方すんじゃねえ。マンジロウでいいってことよ。」
「はい。」
『今回は花繪もいるからいつもより範囲を広げて捜しましょう。』
「水流で指輪が流されてるかもしれねぇからな。」
「おう、そうだな。」
「その指輪って何か特徴とかないんですか?」
「確か小っちぇえ赤い石がついてたな。」
「オッケーです。安倍さん、もし俺が先に指輪見つけられたら給料弾んでくださいね。」
『ん?やけに自信あり気ね。』
「俺、昔からピアスとかハサミとか?
金属系の捜し物見つけるの得意なんですよね。」
「あ?妙な特技だな。」

こうして私たちの指輪捜索が始まった。
芦屋と安倍は腕まくりをし、私は制服のスカートの下に体操服のズボンを穿いた。
以前、スカートのまま川に入って腰を屈めたところ、目のやり場に困った安倍に叱られたのだ。
そんな私たちをマンジロウは背後からジロリと見る。

「頼りは物怪庵の手前等だけだ。
「「『!』」」
「だから…だからあと何度かかろうと指輪が見つかるまで付き合ってもらうぞ!」

安倍は振り返ると腕を組み眉間にシワを寄せ、私は彼に寄り添うように立つと困ったように笑った。

「あ?」
『そんなこと分かってるわ。当たり前じゃない。』
「何を今更凄んだ顔で釘刺してんだ。受けた依頼投げ出したりしねぇよ。」
「だってさ、マンジロウ。指輪絶対に見つけるから大丈夫だよ。」
『絶対、とは強気に出たわね。』
「これは自信ありますから!」

芦屋と安倍はズボンを捲り上げると靴を脱いで川に入り、私も後を追いかけた。

「毛玉は川岸を捜してくれ。岸に上がってるかもしれねぇし。」
『でも無理しちゃダメよ?』

モジャがコクコクと頷くと、私はクスッと笑った。
芦屋は両手を構えて川の中を進んで行く。

「こっちにある気がする。」
「自信あるって結局勘か!真面目にやれ!」
「真剣に捜してます!」

身を屈めて川の中を捜そうとしたところ、ふと安倍の首元で揺れるネクタイが垂れ下がってきたのが見えた。
私は咄嗟にまだ濡れていない手でネクタイを掴んだ。

「っ!瑠衣…?」
『ネクタイ濡れちゃうよ?』
「あ…」
『ほどいてもいい?』
「あぁ。」

私はするするっと彼のネクタイをほどくと、たたんで自分のスカートのポケットに片付けた。

『後で返すから。』
「預けとく。」

それから暫く手分けして捜したものの、なかなか見つかりそうにない。

「ケホッケホッ…」
『マンジロウ!』
「ばあさんのところに戻れ!
あんたは現世では憑いてる旦那の指輪から長い間離れると体がそれに耐えられないんだ。」
『それに…最初に会ったときより、体が大きくなって不安定な状態になってる…下手したら消えちゃうわ。』
「……フンッ!自分の具合くらい分かっとるわ!生意気に心配すんでねえ!」
「あっ、おい!」
『もう…頑固ね。』
「…言っておくが、もしあんたの体が危険だと判断したら指輪が見つからなくても無理矢理にでも祓うからな。」
『だから早く見つけないといけないわね。』

そのとき芦屋が立ち上がってこちらに手を振った。

「安倍さーん!瑠衣さーん!」
「『ん?』」
「ありましたー!」
『…マジ?』

指輪を確認するためにも芦屋と私たちは川の中で合流した。

「いやぁ、さすがに15分くらいかかっちゃいました。」
『…本当に勘だけで捜し当てたのね。』
「金属探知機だな…」
「おい、芦屋の坊主!俺に見せてみろ!」
「はい。」
「間違いない!これはばあさんの指輪だ!ありがとよ、芦屋の坊主。」
「ぶふひいッばなびでッ」

嬉しくてマンジロウは芦屋に絡みつき、苦しさから芦屋が声を上げる。

「これで指輪をばあさんに返してやれる!」

幸せそうな顔に私と安倍は笑みを零し、私は発見の声を聞いてこちらへ戻って来ていたモジャを抱き上げて自分の肩に乗せてやった。
安倍は袖とズボンの裾を戻し、私も体操服のズボンを脱いで袋に片付けた。

「そういえば指輪を捜すことばっかり考えてましたけど、これどうやって返すんですか?」
「どうやってって…普通に渡して返すだけだ。」
「“はい、どうぞ指輪です”って?」
『あ…確かに。』
「は?何が言いたいんだよ。」
『見ず知らずの私たちが突然指輪を届けにやってきたら怖いかも…』

私の言葉に空気が凍り付いてしまった。

「ば、ばあさん…怖がってしまうのか?」
「…怖ぇ?」
「捉えようによっては事件の臭いすらしますよ。
…安倍さん、この様子から察するに返し方ノープランですか?」

私は安倍の手に乗った可愛らしい指輪を見ながら片手を頭に添えた。
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