黒龍の誓い(暁のヨナ)

□第3話
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風牙の都の唯一の水源である川が枯れた。
それを私はすぐに民に知らせ、ハクはヘンデを上流の調査へ行かせた。
民達と共に川に戻るとハクが木の枝で地面に何かを怖い形相で書いていた。

『ハ、ハク…?』
「長ーっ!若長ーっ!!」
「川の水がない〜っ」
「日照りでもないのに!」
「命の水とも言える川がっ!」
「わかっとるわ、小心者共。
今ヘンデを上流の調査に向かわせてる。」
「何してんの、長?」
「もしこれからずっと川が枯れてたら当分は商団から水を買わなきゃならない。
遠方へ汲みに行ったとしても人手とそれにかかる費用ときたら…
クックック…もはや笑えてくるな。」
『金の計算だったのね…』
「兄ちゃん、お姫様守ってるのも金目当てって聞いたけど本当か?」
「っ!?」
『またそんなことを…』

そのときある民の声が聞こえてきた。

「長老だ!ムンドク長老が帰ってきたーっ!!」

私、ハク、ヨナははっとしてすぐに駆け出す。

「『ジジィー!/じいや!!』」

私達の声とヨナの様子にムンドクは馬から降りると目を丸くした。
そのまま彼はヨナを抱き締めた。

「よかった…ご無事だったか…よかった…
信じたくなかったが…陛下が亡くなられて貴女とハク、そしてリンが城を去ったという事は…やはりそうなのか…
その時お守り出来ず口惜しい…」
「…苦しい。」
「お…」

ムンドクはヨナの言葉にそっと身体を離した。

「少しお痩せになられましたか。」
「…ううん。温かいもの、おいしいもの…たくさんもらったの。
あんなに美味しいごはん、初めて食べた。
風の部族はムンドクみたい。あったかくてほっとする。」
「ハク…」
「よお、じじい。」

ムンドクはハクも抱き締めようとしたが、ハクは指先でムンドクの額を押して自分に近づけようとしない。

「愛の抱擁をよけるヤツがあるか。」
「受け取ってるぜ、指先でな。」

ムンドクはハクのいつも通りの様子に笑った後、私に微笑んだ。

「よく戻ったな、リン。」
『じいや!』

私はそのまま彼の胸の中に飛び込んだ。
彼は強く私を抱き締めてくれた。

「つらかっただろう…」
『守れなかった…私はまだまだ弱いわね…』
「お前は別の任についていたと聞く。
遠くにいたワシが言える事ではないが、お前はよくやった…」
『じいや…』
「お前達が生きていた事だけでもワシは嬉しいよ…よく生きていた…よかった…」

私はムンドクから身体を離して微笑んだ。
するとテヨンが歩み寄って来た。

「じっちゃん、俺も俺もー」

ムンドクがテヨンを抱き上げてやっていると私の耳に馬の蹄の音が聞こえてきた。

『ヘンデ…ヘンデが戻った!』

私が音を頼りに彼の所に行くとヘンデはボロボロの状態だった。

『どうしたの!!?』

私は彼に手を貸して馬から降ろし、馬には自分で馬屋に戻るよう告げ撫でてやった。

「あ、長老もいたんだ。お帰りー…」
「ヘンデ、その傷は…」
「上流で何があった!?」
「いやはやちょっと失敗しちゃった。
上流に行ったらびっくり。火の部族のヤツらが川を塞き止めてたのさ。
何それ、新たなイジメ?みたいな。
思わず武装したヤツらにケンカ売っちゃったのねー
そしたらボコボコでポイよ。」
『無茶しないでよ…』
「へへへっ…」
「火の部族のヤツら、何してくれちゃってんだ?」
「俺らと戦争でもやんのか!?」
「ハク様、俺に行かせて下さい。」
「…待て。」

そのときムンドクが口を開いた。

「火の部族に手を出してはならん。」
「どうして!?ヤツらは川を止めてヘンデを殺したんスよ?」
「そうですよ、長老。このままだと風牙の都が…」
『落ち着きなさい。』

私はムンドクにも何か考えがあるのだと判断して騒ぐ民を静めた。

『長老にも考えがあっての事よ。
川の事ならどうにかする。今はヘンデの治療を急いで。』
「はい。」
『…じいや、どういうこと?』
「ジジイ…」

民がいなくなるとムンドクの口から私、ハク、ヨナに告げられた。

「…これは火の部族の警告じゃ。」
「警告?」
「ヤツらはスウォン様を王に即位させたがっている。」
『火の部族が…!?』
「火の部族は前々からスウォン様と癒着していたようじゃな。
ワシがスウォン様を王に承認せんから圧力をかけてきたんじゃろう。」

私達は顔を顰め、ヨナは身体を震わせた。

―父上を殺したスウォンがこの国の王になる…!?―

『姫様…』

私は彼女の肩を抱いて微笑んだ。
私の身体から漂う甘い香りが彼女を包み込み安心させていく。

『大丈夫です。』
「あぁ、承認はせん。
スウォン様を王に認めてしまったらハクに国王殺害の疑いがある事も認めてしまう事になる。」
「ハクが国王殺害…!?」
「…だろうな。俺に罪を着せるのが一番てっとり早い。」
『それで私はそんなハクの手助けをした共犯者ってところかしら。』
「そのように噂は広がっておった。」

私とハクは予想していたように肩を竦めた。

「心配はいらん。火の部族とてこれ以上の無茶はせんじゃろう。」

―本当にそうなんだろうか…?―

ムンドクの言葉に少しだけ不安を残して私達は一度村へ戻った。


その頃、川の上流には火の部族長の次男、カン・テジュンが来ていた。

「風の部族の様子はどうだ?」
「これはカン・テジュン様。
川が塞き止められた事で相当困っているみたいですね。
この分だと数日内に音をあげ…」
「ツメが甘いな。川を止めてそれで終わりか?」
「はい、将軍からはそのように仰せつかってますが…」
「風の部族には定期的に商団が来るらしいな。
商団から水を買われては意味がない。
風牙の都に着く前に商団をツブせ。」
「しかし勝手な事をすれば将軍のお立場が…」
「山賊か何かの仕業に見せかければ良いだろう!」
「何をイライラしてるんですか、テジュン様。」
「くっ…ヨナ姫を手に入れていれば玉座は私のものだったのに…
あの時ハクが邪魔しなければ…」

彼は昔の事を気にして風の部族を憎んでいるようだった。


ヨナは屋敷に戻ると膝を抱えてスウォンの事を考え始めた。

―何も考えたくなかった…
でも生きてる限りその存在を感じずにはいられない…スウォン…
スウォンが即位する…そして風以外の部族はそれを認めた…風の部族はどうなるの…?―

そこにテヨンがやってきて笑顔を向けた。

「リナ!」
「え?」
「どーした?お腹すいた?ご飯だぞ。」
「でも水が不足してるのに私にばかり…」
「だいじょぶ!リナを太らせてこいってハク兄ちゃんが!
それにーお客様にはたんまりおもてなしして銭もらうのが風の流儀…」

そう言うとテヨンはふらっと揺れたまま倒れてしまった。

「テヨン!!」


彼らが話している頃、私は嫌な予感がして屋敷の屋根から外を見回しながら音に注意を払っていた。

「どうした。」
『嫌な予感がする…胸騒ぎがするの。』

そのとき大きな音がして何かが襲われているのを感じ取った。
私はすぐに屋根から降りてハクに頼み込んだ。

『ハク、誰かが襲われてる。すぐに行かせて。』
「お前…俺達は追われる身なんだぞ?」
『でも行かなきゃ…』
「はぁ…言い出したら聞かねェんだからな…
男装して行け。それからその剣は俺に預けて屋敷の武器を持って行け。」
『はい!』

私は髪をひとつにまとめるとテウの服を拝借して羽織り、外套で顔も隠し屋敷の武器庫にあった槍を掴むと馬屋の馬を口笛で呼んだ。
鞍もない状態で飛び乗りすぐに音を頼りに駆けて行く。
すると商団が何者かに襲われていた。
見たところ商団には怪我人がいるようで、商品は奪われていた。

『やめろ!!』

私は低い声で叫びながら槍を手に商団を庇うように立った。
私の正体に気付く者は誰もおらず、私はそのまま敵を槍で蹴散らかした。
商団の怪我は最低限に抑えられたが、商品が全滅してしまった。

「助けていただいてありがとうございました。」
『いつも世話になってるからね。』
「え…?」
『ちょっとここでは私の正体が知れると困る。
風牙の都まで来てちょうだい。手当てもしよう。』

私は商団を引き連れて都へ戻った。
まさか私がいない間にテヨンが発作で倒れているなんて知らずに…
ヨナの叫び声を聞いてハクとムンドクがすぐに部屋に入って来た。

「テヨン…っ」
「どうした!?」
「テヨンが急に倒れて…」
「発作じゃ。テヨンは昔から肺が悪くて時折呼吸マヒを起こすんじゃ。なに薬を飲めばすぐ…」
「それが今日薬を届けてくれるはずの商団がまだ来ねェんだ…」
『ハク!』
「ん?」

私は外套を外しながら彼らに駆け寄った。
商団は皆別の建物に集めて手当ては村の女性達に任せてある。

『やられた…商団がここに来る途中何者かに襲われて…』
「そんな…商団の皆は!?」
『私が駆けつけた時にはもう怪我人がいた。
今手当てしてもらってるわ。大怪我をした者はいないみたい。
ただ商品は既に全滅してて…』
「では水を入手する手段は絶たれたのか!?」
「テヨンの薬は…っ」

ヨナの言葉に私達は息を呑む。
私は彼女に抱かれているテヨンを見て彼が発作を起こした事を理解した。

「くそ…火の部族のヤツらだ。
ナメやがって…もう許さん!
若長、何黙ってんだよ!らしくないですよ、長老っ!」

―火の部族の後ろには空…王族がいる…―
―敵にまわせば風の部族はただでは済まないわ…―

ヨナはテヨンを抱き締めた。

―もう誰かが死ぬ所を見たくない…―
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