Paradox Love(うたプリ REN)

□序章
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私たちの出逢いは最悪と言っても過言ではないね。


※葵桜side

暗くなってきたある街外れ…
私は誰もいない家を飛び出して薄暗い街を歩いていた。
遠いどこかで花火が花開き、歓声があがっているのが聞こえてきた。
まだ6歳なのに私は広い家で一人暮らしをしていた。
共働きの両親は私が小学校に入学してすぐに出張が決まり、年に2,3回しか帰ってこれなくなってしまった。

―全部あの神宮寺財閥の所為だわ…―

そう思いながら私は8月の街を独りで歩いていた。
そのとき周囲は賑やかな足音が響いていた。

『賑やかね…パトカーの音はしないから事件ではなさそうだけど…どうしたのかしら?』

そのとき曲がり角に私はさしかかった。
曲がろうとした瞬間、背格好のあまり変わらない誰かとぶつかった。

「あっ…」
『痛っ…』
「ご、ごめん。」

街灯の少ない暗がりでもぶつかった相手の顔が見えた。
それほど輝いていたのかもしれない。
尻餅をついた私に手を差し伸べていたのは同い年くらいの整った顔の少年だったのだ。
彼に手を引かれて立ち上がると賑やかな足音が近付いているのを感じた。
すると目の前の少年が周囲をキョロキョロするではないか。

『キミ…逃げてるの?』
「え…」

彼の表情は肯定を示していた。
私は耳を澄ませ足音の根源を探り、彼の手を握ると走り始めた。
彼は驚きながらも足を進める。
明るい街を通り抜けるとき、やっと彼の姿をきちんと見ることができた。
長めの柔らかいオレンジ色の髪、スカイブルーの瞳、整った顔つき…
ワイシャツを着て、カジュアルなジャケットを羽織っていた。
街を抜け私は自宅近くの公園を駆け抜けた。
そのとき彼が足を滑らせ土手に転がり落ち、手を繋いでいた私も引き摺りこまれた。
突然後ろに引かれ、私は受け身も取れないまま地面に身体を強く打ち付けられた。

『っ…』

土手の下まで転がり落ちると彼は心配そうに私の方へやってきた。
彼の顔は少しだけ汚れている。
私は強くぶつけた右腕を抱いて倒れていた。
骨にヒビが入っているようだった。

「ごめん、俺が…」
『謝ってばかりだね。キミは大丈夫…?』

私は痛みに慣れてくるとそっと身体を起こして彼に微笑みかけた。
彼はそんな私を見てただ頷いた。

『そう、よかった…』
「ねぇ…」

私は手を伸ばして彼の汚れた頬に触れた。
そこについていた汚れを拭い去り、目を丸くしている彼に言う。

『私は葵桜よ。
“ねぇ”なんて呼び方はやめましょ?』
「葵桜…」

彼は私の名を口にした。
その声はとても優しくて甘かった。
彼はどこかほっとしたように私の隣に座った。

「俺はレン。」
『ねぇ、レンくん。ひとつ訊いてもいい?』
「なぁに?」
『どうして逃げてるの?』

彼は一瞬息を呑んだ。
だがすぐに静かに教えてくれた。

「…家を出てきたんだ。
俺は兄さんたちとは違って必要ない存在だから邪魔者扱いされて。
それがイヤで飛び出してきたんだよ。
独りにしてくれればいいのに、家のために俺を連れ戻そうとして追いかけてくるんだ…
ほっといてくれたらいいのに。」
『独りは哀しいよ…』

私の言葉にレンはこちらを向いた。

『私の家族は遠い所にいるの。
仕事で出張して今家には独りなのよ。
寂しいからこうやって外に飛び出して…』

―彼は心が孤独なんだわ…
周りに人がいても彼を本当に見てくれる人はいない…だから1人きり…―

するとレンはそっと私の手を握ってくれた。
背丈のあまり変わらない私たちはそのまま何も言わずに寄り添い合い目を閉じた。

そうしているうちに夜が更け寒くなってきた。
私が肩を震わせると彼は小さな身体で私を抱き締めてくれた。

『レンくん…?』
「あ、突然ごめん。寒そうだったから…」
『ううん。』

離れようとする彼の服を掴んで引き止める。

『人のぬくもりって久しぶり…』

私はほっとして眠ってしまった。

「葵桜?」

私を見たレンの顔から柔らかい笑みが零れた。
私たちの上ではキラキラと星が輝いていた。
街から離れているため周囲は暗く、月と星だけが輝いて見えたのだ。
いつの間にか遠くから聞こえていた花火の音も聞こえなくなっていた。
星の光を瞳に受けて輝かせてからレンもゆっくりと目を閉じた…


※レンside

夏のある日、6歳の俺は遠くに花火の音を聞きながら家出を決意した。

「ごめん、ジョージ…」

どこかで花火大会が行われているらしく、近くの街から人が消えた。
その日なら少しくらい自分も自由になれるのでは…
そんな思いを胸に俺は屋敷を飛び出した。
いつもは大人しい“飼い犬”の俺が逃げ出すとは思っていなかったらしく、何の弊害もなく街へ出ることができた。
しかし、たかが子供の家出…
それも神宮寺財閥の力ならあっという間にバレてしまうものだ。
追い込まれて、俺はどことなく走り、追っ手から逃げていた。

「ハッ…ハッ…」

そのときだった。
曲がり角で誰かにぶつかり、その相手が尻餅をついてしまった。

「あっ…」

―俺以外にも物好きがいたんだな…
誰もいないと思ったのに…―

『痛っ…』
「ご、ごめん。」

俺を見上げる彼女と目が合った。
そこにいたのはクリーム色の髪を揺らし、俺と同じスカイブルーの瞳をした人形のような少女だったのだ。
服も彼女にピッタリなふわっとした印象の涼しそうな装いだった。
俺はこの一瞬追われていることなんて忘れて、彼女の小さな手を取って立ち上がらせた。
彼女が立ったときになって漸く追っ手が近付いていることに気付き、周囲を見回した。

『キミ…逃げてるの?』
「え…」

俺の反応を見て彼女はすぐに俺の手を握り走りだした。
驚いたものの俺も足を進める。
すると段々足音から離れるのを感じた。

―見かけからは想像できないけど、意外にアクティブなんだな…
それに耳がいいのか?足音から少しずつ離れていっているような…―

街を抜けた頃には花火の音しか聞こえなくなっていた。
それでも足を進め暗い公園を駆け抜けた。
だが、引っ張られて走るうちに俺の足は急な斜面を踏んだ。

「っ!!?」

そのまま俺は足を滑らせ土手を転がり落ちた。
手を繋いでいた彼女も転がり落ち、俺たちは倒れ込んだ。
痛む身体を起こして右腕を抱いて倒れている彼女に駆け寄った。

「ごめん、俺が…」
『謝ってばかりだね。キミは大丈夫…?』

泣きそうな俺に彼女は微笑みかけた。
痛みに耐えながら彼女が身体を起こすため、そっと手を貸した。
俺はただ頷くことしかできなかった。

『そう、よかった…』
「ねぇ…」

彼が呼びかけると彼女は突然俺の頬を撫で汚れを拭い去った。
俺は言葉を呑んで目を丸くした。

『私は葵桜よ。
“ねぇ”なんて呼び方はやめましょ?』
「葵桜…」

自然と彼女の名が口から零れた。
俺はどこか安心して彼女の隣…右腕を痛めているようだったため左側に座ったのだった。

「俺はレン。」

神宮寺とは名乗りたくなかった。

『ねぇ、レンくん。ひとつ訊いてもいい?』
「なぁに?」

名前を知っただけなのにスムーズに話せるようになった気がした。

『どうして逃げてるの?』

俺は息を呑んだが、葵桜になら話してもいいと感じた。
会ったばかりなのに俺の心がすっと入ってくる不思議な子…
図々しいわけではなくとても心地よい。
俺はいつの間にか胸に秘めた思いを吐露していた。

「…家を出てきたんだ。
俺は兄さんたちとは違って必要ない存在だから邪魔者扱いされて。
それがイヤで飛び出してきたんだよ。
独りにしてくれればいいのに、家のために俺を連れ戻そうとして追いかけてくるんだ…
ほっといてくれたらいいのに。」
『独りは哀しいよ…』

震えるような声に俺は彼女を見た。
一筋だけ涙を流していたが、彼女は気付いていないようだった。

『私の家族は遠い所にいるの。
仕事で出張して今家には独りなのよ。
寂しいからこうやって外に飛び出して…』

―俺の近くにはいつも誰かがいる。
でも孤独なのは誰も俺自身を見てくれないから…
彼女は違う。誰にも頼れずに俺と年も変わらないはずなのに独りで生きようとしている…
葵桜は強いけど…どうしてだろう、壊れてしまいそうだ…―

俺は無意識のうちに彼女の手を握った。
彼女は小さく微笑むと安心したように俺に寄り添って目を閉じたのだった。

そうしているうちに夜が更け寒くなってきた。
俺は涼しく感じる程度だったが、葵桜は小さく肩を震わせた。
その頃には俺は逃げようとは思わず、もう少しだけでも彼女の近くにいたいと思っていた。
俺は冷たくなった彼女の身体をそっと抱き締めた。
震える彼女をもう見ていられなかったのだ。

『レンくん…?』
「あ、突然ごめん。寒そうだったから…」
『ううん。』

俺が咄嗟に離れようとすると彼女に服を掴まれた。

『人のぬくもりって久しぶり…』

そう呟いて彼女は俺にしがみついて子猫のように眠った。

「葵桜?」

俺は自分でも気付かないうちに笑みを零していた。
そんな俺たちを柔らかい光が包んでいた。

―星か…こうやってゆっくり見上げたのは初めてかもしれないな…―

星を見上げた時の格好で俺はそっと目を閉じ、彼女を抱く腕に力を込めたのだった。
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