カミツレの涙(図書館戦争)(完)

□状況〇九
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手紙を受け取った翌日、事務室には笠原の溜息が響いていた。
彼女は頭をリズムよく机にコンコンとぶつけて項垂れている。
私はコーヒーを飲んでいる柴崎の隣に並んで笠原を見つめていた。
そこに手塚が私好みの濃さにしたコーヒーを手に歩み寄ってくる。
いつの間にか私の好きなコーヒーが角砂糖2つ入りだと知れ渡り、こうやって私の好きなコーヒーを淹れてくれるようになった。
私はコーヒーカップを受け取りながら項垂れた笠原に関して手塚の問いに答え始めた。

「ん。」
『ありがとう。』
「…どうしたんだ、コイツ。」
「昨日からずっとこの調子なのよ。理由を問いただしても一向に吐こうとしなくて…」
『…』
「七瀬も理由は知らないのか?」
『知ってるけど…笠原のためにも言えないの。』
「ふぅん…」
『…柴崎、睨まないで。アンタの圧力には負けそうだから。』
「それならもっと睨んであげようかしら。」
『…やめて。』

―言えるはずない…憧れの人があの堂上教官でしかも本人に向かって王子様とか言っちゃってたなんて…!!!―

「お前の悩み事ってのはどうせこのことだろ?」

そう言って手塚が笠原に見せたのは昇任試験の概要案内の用紙。

「え?昇任試験?」
「キミたちは現在一士だから士長試験だね。
合否は筆記と実技の総合得点で決まる。合格率は5割と言ったところかな。」
「5割!?5割しか受からないんですか!?」
「5割も受かるんでしょう。」
『心配ないわね。』
「余裕だな。」
「それは倍率を倍率とみなさない環境の中で育ってきた人たちの発言です!!」
「そうだなぁ…笠原さんの場合、ネックとなるのは筆記かな。」
『確か…図書館法を暗記しておけば問題ないはず…』
「うん、この本に書いてあることを丸暗記していれば通るレベルだけど。」
「これを丸暗記…!?」

笠原は小牧が差し出した図書館法の本をペラペラ捲って溜息を吐く。

「…あり得ない。」
「安心しろ、筆記の方は俺が見てやる。」
「あっ!」

堂上がやってくると笠原は動揺して身を引き、椅子ごと後ろへ引っ繰り返ってしまう。

「「「『っ!!?』」」」

近くにいた私、柴崎、手塚、小牧は笠原が転ぶ音に驚いて肩をすくめた。

「イッタタタ…」
『だ、大丈夫…?』
「何やってんだ、お前…大丈夫か?」

堂上が呆れたように手を差し出すと笠原はすぐに身を起こして散らかしてしまった周囲を片付ける。

「大丈夫ですーハハハハッ」
「「「「ん?」」」」
『はぁ…』

事情を知る私は不思議そうに首を傾げる柴崎、手塚、小牧の間で溜息を吐いたのだった。
それからそれぞれの業務へ向かい、私と小牧は午前は館内巡回、午後は地下で配架作業を行った。
柴崎と手塚は午前の業務を終えると近くのカフェに向かった。
そこで手塚が柴崎に実技試験について相談したようだった。

「珍しいわね、私に相談なんて。」
「相談というほどのことでもないんだが…」
「…で、何なの?」
「だから…その…つまり…」
「はっきり言えば?昇任試験の実技対策を教えてほしいんでしょ?」
「察しがついてたのかよ!?
なんで寄りにも寄って今年の実技が子どもへの読み聞かせなんだよ!!
まるで俺が子どもの扱い苦手なの見透かしたみたいに!!」
「大変な屈辱よね。万が一笠原が合格して手塚が不合格なんてことになったら。」
「うわぁあ!それだけは言うな!!」
「別にいいわよ、教えてあげても。」
「ホントか!?」
「業務部でよく子ども向けのイベントするから。報酬はこれくらいで手を打ってあげる。」

彼女が要求したのは晩ご飯のフルコース、飲み付きという高額なものだった。
同じ頃、事務所では笠原が机に向かい、近くでは堂上が本を読み上げながらポイントを教えていた。
だが笠原は王子様のことを思い出し集中できない。

「お前…俺の話聞いてるか?」

―まともに顔見られない…―

「顔真っ赤だぞ?」
「大丈夫です!」
「熱があるんじゃないのか?」
「大丈夫です!!」

顔を背けたまま堂上が自分へと伸ばされた手を笠原は弾いた。
その様子に不信感を抱いた堂上だったが、深くは追求しなかった。
落ち着くために笠原はコーヒーを淹れ、机につくが慌てた所為でコーヒーが零れ本を汚してしまう。

「ごめんなさい!今拭きますから!!」

彼女がポケットからハンカチを取り出すとそこに入れていた手紙が床へ落ちた。
その手紙は言うまでもなく慧からのもの。

「ん?何だコレは…手紙か?」
「そ、それは!」

笠原は慌てて堂上が拾った手紙をその手から奪いとる。

「手塚のお兄さんから返された2万円です。教官に返そうと思って。」
「その手紙…何を言われた…?今日のお前の様子がとりわけおかしいのはその手紙が原因か!」
「大したことは書かれていません。」
「いいから見せてみろ。」
「本当に関係ないですから…」

笠原は手紙を背後に隠したまま歩み寄ってくる堂上から一歩ずつ遠ざかる。
もちろんそれを堂上が許すはずもなく…

「あんなことに巻き込まれた後だぞ。手塚慧に関する判断は俺がする!」
「やめてください!」
「よこせ!!」
「堂上教官!!」

身長差の所為で手紙に手が届かない堂上と必死に逃げる笠原は端から見れば変なことこの上ないだろう。

「あぁあああ!!やめてぇええええ!!」

その瞬間、笠原は堂上の胸倉を掴んで背負い投げてしまった。

「堂上教官…?身体が勝手に…ヤダ、返事してください!死んじゃイヤー!!!」
「『ん?』」
『何今の音!?』
「すごい声が聞こえたけど…って…」
「『堂上!?/堂上さん!!?』」

業務の休憩として事務所に戻った私と小牧の前には慌てる笠原…そして目を回して倒れた堂上の姿があった。
私は急いで堂上に駆け寄り肩を叩くが、意識を失っている彼に反応はない。
小牧は笠原を落ち着かせてからこちらを見た。

「堂上は?」
『意識がありません。軽い脳震盪かと。』
「運ぶから手伝って。」
『はい。』

小牧の背中に堂上を背負わせ私たちは医務室へと足を向ける。
私は俯いたままの笠原に手を貸しながら小牧の背中を追う。
医務室で堂上を寝かせてから私と小牧は廊下で待つ笠原のもとへ向かった。

「堂上教官は?」
『大丈夫、軽い脳震盪だから。』
「1時間もすれば勝手に起きてくるってさ。」
「よかった…」

笠原の隣に私と小牧は腰を下ろすとそっと話し出す。

「あんな受け身も取れない場所で背負い投げ繰り出すなんて、よっぽどの事情があったんじゃない?」
「それは…」
『私からは言えないからね、笠原?』
「うん…」
「七瀬さんは知ってるんだ…」
『知ってますけど、これは笠原の問題なんで。』
「へぇ…堂上に言えないことなら俺が話を聞いてあげられないかな?」
「絶対堂上教官には言わないでもらえますか?」
「もちろん。」
『私は堂上さんについてますね。』
「うん、頼んだよ。」
『はい。』

私は医務室へ戻り堂上の眠るベッドに俯せると目を閉じた。

―堂上さんが起きるまで私が仮眠を取ってても怒られないよね…―
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