カミツレの涙(図書館戦争)(完)

□状況〇九
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その頃、笠原を連れた小牧は訓練中の防衛部が走るグラウンド横を歩いていた。

「…私、堂上教官に王子様と比べるようなことばかり言って。
これじゃ嫌われても当然ですよね。」
「ちょっと待って!?なんでいきなりその結論!?」
「だって堂上教官…私が王子様の話をしてたとき、すごくイヤそうな顔してたし…」
「堂上は少なくとも部下としての笠原さんを嫌ってないよ?
どっちかって言うと過保護すぎると思うくらい。
七瀬さんだって時々笠原さんに妬いてるんじゃないかな?」
「でも…じゃあなんで教官は王子様のことをあんなに悪く言うんですか!?
私に王子様のこと…教官のこと嫌いにさせたいとしか思えません。」
「頑張って?ちょっと落ち着いてごらん。
笠原さんは今王子様の正体がいきなりわかって混乱してるんだ。
笠原さんは6年前の自分のことを思い出したらどう感じる?」
「え…恥ずかしいです。」
「俺たちも同じだよって言ったらちょっとは安心する?」
「教官たちも…一緒…?」
「うん。」

彼らは少しの休憩を挟んで書架業務へ向かう。
その頃になって堂上は目を覚まし身体の痛みに顔を顰めた。

「うっ…ん?」
『すぅ…』
「お前は俺の付き添いなのか、ただ居眠りがしたかっただけなのか…」

困ったように微笑んだ堂上は身を起こしながら私の髪を撫でる。
その感覚に目を開いた私は寝ぼけ眼のまま彼を見上げる。

『堂上さん…?』
「あぁ。」
『…大丈夫?』
「まさか投げられるとは思わなかったからな…少々身体が痛むがな。」
『笠原のこと、許してあげて?悪気はないの。』
「責める気はない…プライベートに首を突っ込みすぎたのは俺だ。
…お前は手紙の内容を知ってるのか?」
『えぇ…あの手紙は私と笠原に向けたものだったから。』
「…だが話す気はないんだな?」
『笠原の問題が解決したら話すわ。今はちょっと待って?』
「わかった。お前がそう望むのなら。」
『ありがとう、堂上さん。』

それから動けるようになった堂上と共に医務室を出ると私たちは地下書架へ向かった。
私は小牧や手塚と合流して業務を始めたのだが、笠原はというと本の山を抱えたまま堂上を見かけるとUターン。
自分を避ける笠原の様子に堂上は落ち込んでいく一方。
その様子を仕事をしつつ私、手塚、小牧は見て溜息を吐く。

「手紙の内容が関係してるんだよね、七瀬さん。」
『はい…小牧教官も笠原から話を聞いたでしょう?』
「うん。」
「手紙?」
『手塚慧から堂上教官に返す2万円と一緒に手紙が届いたのよ。』
「っ!?」
『私と笠原宛にね…そこにちょっと笠原にとっては驚愕するようなことが書かれてたの。』
「…?」
『…アンタのお兄さんって細かい嫌がらせが上手なのね。』
「なんかよくわからんが…すまん。」

それからも暫く笠原が堂上を避ける日々が続いた。
公私混同した行動を謝罪する堂上のことも無視するのだから彼が落ち込むのも当たり前。
笠原はというと困惑する所為で彼を避けてしまう自分に嫌気がさし、嫌われてしまったと落胆するのだった。
そんななか柴崎は実技対策として読み聞かせ会に手塚を呼んでいた。

「アンタも手伝って。」
「わぁああ!!」
「お兄ちゃん、私と遊んでー!」
「ちょっ!落ち着けって!!」

柴崎に風船を渡された手塚が目を丸くしていると彼に子供たちがよじ登ってくる。これにはあの手塚でさえ困惑気味。
柴崎はというと近くの椅子に座って手を叩いた。

「はーい、おはなし会始めるよ。
みんな座ろうね。最後まで立ってる子、だーれだ。」
「「「うわぁあああ!!」」」

彼女の声に応えるように子供たちが柴崎を囲んで座る。
手塚はきょとんとしつつ子どもの近くに座った。
するとあぐらを組む彼の脚に2人の子どもがちょこんと座ったため、彼はそのまま柴崎の読み聞かせに耳を傾けた。

「“白雪姫よ、今に見ておれ”
“まぁ、美味しそうな林檎だこと。一口食べてみようかしら”」
「食べちゃダメー!」
「そこには毒が入ってるんだよ!!」
「おやおや、秘密をバラしたのはどの子かな?」

おばあさんの声で言いながら子どもたちを見回す柴崎は上手く子どもたちを物語の世界へ導いていた。

―ウソだろ…アレが俺の時計を平気で質屋に売るような女か…?―

子どもたちが解散すると柴崎が手塚に声を掛ける。

「どうだった?」
「…やっぱり上手いな。俺にはとてもマネできない。」
「ふぅん…私が上手くやってるように見えたならまだまだね。
でも子どもの目線は早速学習したようじゃない?」
「子どもの…目線…?」
「そう。」
「いや…これは立ってたら登ってきたから…」
「だからそれが子どもの目線よ。」
「そうか…登りたかったのは見える高さが違うからか。」

そう呟いた手塚は何かに気付いたようだった。
そんななか報告書を書いていた私は事務所でコーヒーを淹れていた。
近くでは堂上と小牧も作業中だ。私は2人の分もコーヒーを淹れてカップを机に置く。

『どうぞ。』
「あぁ。」
「ありがとう。」
『ん?コレなんだろう…』

私が首を傾げながら机にあったノートを手に取ると堂上が腕を伸ばして私の手からそれを取り上げた。

「それ笠原さんのために作った筆記対策ノートだろう?」
「アイツに渡すつもりはない。ただ万が一の場合に備えてだな…」
『渡してあげたらいいでしょう?喜ぶと思いますけど。』
「いや、俺はどうやら嫌われてるようだし…」
「嫌われてる?」
『笠原に?』
「あぁ、この間も露骨に避けられた。」

それを聞いて私と小牧は顔を見合わせ、同時に吹き出した。

「『ハハハハハッ』」
「何がおかしい!」
「いや、相変わらず似た者同士だと思ってさ。」
「…七瀬、このノート…笠原に渡しておいてくれ。」
『堂上教官が渡さなくていいんですか?』
「…お前から渡してくれ。」
『了解しました。“堂上教官から”って伝えておきます。』
「なっ…」
「そうしておいて、七瀬さん。」
『はい。』
「お前ら…こういうときだけ息がピッタリ…」
「こういうときだけとは酷いなぁ。」
『案外相性いいですよ?ね、小牧教官。』
「うん。お前と笠原さんほどではないけど。」
「…」

堂上は照れた様子で事務所を出て行った。

「…ヤキモチ?」
『…あれだけ大事にされてる笠原に少しくらい妬いても罰は当たらないでしょう?』
「ハハハッ、そうだね。でも俺と相性がいいなんて言ったら堂上が落ち込んじゃうんじゃない?」
『それは私を妬かせた罰です。』
「ハハハハッ」

その晩、笠原はあまりに筆記試験勉強に集中できずいっそのこと実家に帰ってしまおうと言い出した。

「何やってんの、こんな夜中に。」
「図書隊やめて実家に帰る。」
「ふぅん…」
「私本気だからね!」
「はいはい、いってらっしゃい。」
「…止めないの?」
「お母さんたちによろしく。お土産忘れないでね。」
「…バカ!」
『バカはアンタの方よ、笠原。』
「七瀬?」

私は彼女が飛び出して行こうとした扉を開けて彼女を引き留めながら笑った。
私の手には堂上から預かったノートがあった。

「それは?」
『堂上教官から手の掛かる大切な部下へのプレゼント。』
「え…?」
『お互いに嫌われてると思うなんてバカとしか言えないわ。
筆記試験対策のために要点をまとめるくらいアンタを心配してるのに自分で渡すのは照れちゃうんだから。』
「堂上教官が…?」
『これで勉強してからもう一度図書隊やめるかどうか考えてみたら?』
「…やめない!七瀬、ありがとう!!」
『お礼を言う相手が違うんじゃない?』

笠原は私からノートを受け取るとすぐに堂上に電話を掛けた。

「ノートありがとうございます、すごく嬉しいです!」
「…うちの班から新人1人だけを落とすなんて笑えることは避けたいからな。」
「私堂上教官に口利いてもらえないと思ってて…嫌われてると思って…」
「それはこっちの台詞だ!俺を避けまくってたのはお前だろうが!!」
「ふふっ…」
「はぁ…」

私と柴崎は電話をしている笠原が微笑んだのを見てほっとしながら笑みを交わした。

「アンタの彼氏が他の女と楽しそうだけど?」
『…相手が笠原だからいいの。』
「ふぅん…」
『…何よ。』
「妬いてる癖に強がっちゃって可愛いなと思って。」
『…』
「笠原、七瀬はそこにいるか?」
「え、はい。」
「…代わってくれ。」
「わかりました。……七瀬。」
『ん?』
「堂上教官が代わってって。」
『え?』

彼女から携帯を受け取って私は耳に当てる。

『堂上さん?』
「朱音…構ってやれずにすまなかったな。」
『なっ…』
「小牧と仲良くしてるのを見せたのは俺への仕返しだろ?」
『バレてたのね…』
「お前が一瞬だがムッとして口を尖らせたのが見えたからな。」
『私、かっこわるい…』
「ハハハッ、俺に隠し事はできないぞ。」
『敵わないわね。』
「…昇任試験の方は大丈夫そうか?」
『はい、すぐに追いついてみせるから覚悟してて。』
「追いつかせるものか、バカ。」
『えー…』
「俺はお前の上官で居続けたい…その方が頼りやすいだろ?」
『うっ…ズルい。』
「俺はズルい男だ。知ってて一緒にいるんじゃないのか?」
『…知ってる。でも絶対カミツレは取るから。』
「カミツレ…階級章のことだな。」
『うん…』
「待ってる…さっさと追いかけて来い。」
『はい!』
「…それじゃ笠原のことは任せた。」
『…また笠原の心配?』
「お前は信じてるからな。」
『それを言われたら私が弱いって知ってて言ってるでしょ?』
「まぁな。」
『はぁ…』
「おやすみ、朱音。」
『おやすみなさい。』

電話を切って携帯を返そうとすると笠原と柴崎のニヤニヤした顔が見えた。

『っ…』
「私たちがいるの忘れてたでしょ〜」
「いいなぁ…私も彼氏欲しいー!!!」
『…それより笠原のこと頼まれたんだから私のためにもちゃんと昇進試験受かってもらうからね?』
「は、はい!!」
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