露の夢

□参話 瓦解
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 夕餉の時、主の部屋に膳を運びに行った帰り。

「ごめんね、一期さん」

 廊下を歩きながら大広間へ戻ろうとしていると、角を曲がった拍子にそんな声が聞こえた。
 慌てて、今しがた通り過ぎた廊下をのぞき込む。見覚えのある彼が、柱に背をあずけて座り込んでいた。

「大和守殿? こんなところでなにをしておられるのですか?」

 湯上りの髪を一つに結んだ彼は、一期を見上げる。食事中の大広間から抜け出してきたのだろう。青いどんぐり眼が、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。

「さっき、脱衣場の前でさ。清光があんなこと言ったでしょ」
「え、はぁ……」
「相棒が迷惑かけたね。本当はあいつ、あんなヤツじゃないんだ。あんなヤツじゃないんだけど……。実は、主が審神者としてこの本丸に来てから、一度もあいつ以外を近侍にしたことがないんだ」
「えっ」
「だから主の近侍は、清光にとって存在意義みたいなものなんだ。主は清光のこと、相当可愛がっていたし。長谷部もなにかにつけて近侍になりたがっていたけれど、結局は頑として譲らなかったからね。おかげで、清光は本丸最強の打刀になったけど」
「……」

 なるほどそれで、光忠に近侍のことを教えたことも、近侍になった初日も、驚きと好奇の目があったわけだ。清光があんな目をした理由も、今では理解できる。一期の心は、急に重さを増した。

「そんなこと……私は……」

 思いつめたような顔をしていたのか、安定は困ったように笑いながらほぐすように「ああ、そんな気にしないでよ」と言う。

「清光のこと、あんまり悪く思わないで。僕もあいつに、ほどほどにするよう言っておくから。言いたかったのはそれだけ、じゃあね」

 一期が言葉を返す前に、安定は一期の肩を叩いて厠へと消えた。
 そうして一期は大広間に戻った。遠くから清光の視線を感じる。けれどそれはすぐに、「お待たせ」と戻ってきた安定によって遮られた。
 それから自分に用意された食事を口に運んでも、弟たちと話をしていても、心に巣食うわだかまりは相変わらず残っていた。
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