短篇集
□XYLITOL
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「ガムなら、歯磨きしないでもクリアに保てる。そして、味がしなくなったらすぐに捨てることができる」
そう言って、清光は薄い緑色の塊をぷっと遠くに飛ばす。清光の歯によって何度も形を変えられ、圧縮され、味わい尽くされたガムは、草むらに消えて見えなくなった。
あの緑の塊は、まるで清光だ。
僕はガムの消えた方を見つめて、ぼんやりと勝手なことを思う。
ガムと同じ値段で売られた清光の軽薄さを、清光自身が壊して、捨てていく。それにどんな意味があるのかわからないけど、清光の笑顔は、きっとそうすることで保たれているんだ。
「みんなそのうち、飽きたら捨てる」
それはガムのことなのか、それとも清光のことなのか。ちゃんと聞くこともできずに、僕は、鳴り響くチャイムの音を、耳障りだなんて考えていた。
赤い瞳に入る光は小さく、暗く翳った眼差しが、とても寂しそうに見えてしょうがなかった。抱き締めてたげたくなって、思いとどまる。代わりに、言葉が口を突いて出た。
「飲み込むよ」
「え?」
「僕……風船ガムとか、こういうの、吐き出さないで飲み込むタイプなんだ」
捨てたりなんかしない。そう目に込めて言ってみるけど、果たしてその意味は清光に理解されたのか。
「へえ、そっか。そういうやつもいるんだな」
清光はくつくつと、とても可笑しそうに笑っていた。
「ねぇ、清光。今、キスしてもいい?」
目を合わせ、かなりの勇気を出してそう言ったのに、清光はいつもみたいに呆れたように笑った。
「ばか。そーゆーのは好きな子としろよ」
そしてそんな言葉を返してきた。フェラは誰とでもするのに。なんだか肩透かしを食らったような気分だった。それでさっきの言葉を冗談にしてみせようと、「ケチ」と言ってわざと口を尖らせてみる。清光は僕の反応にも相変わらず笑っていて、でもその笑顔に、いつもの薄っぺらさはなかった。
結局僕たちは、それきりになってしまった。なぜかあれから言葉を交わさなくなり、僕は話をする前と同じように、清光が教室の片隅でガムを噛んでいるのを見つめ続けた。
当時の僕は携帯電話を持っておらず、清光の連絡先も知らなかった。卒業して、進む先もばらばらになったためにすっかり疎遠になってしまい、どこでなにをしているのかもわからない。
けれど十年前のその記憶たちは今でも鮮やかに息づいていて、清光の薄い唇と白い歯、赤い目と綺麗な横顔は忘れたことがない。
店に並ぶ板ガムの細長いパッケージと、道にこびりついて黒ずんだガムを見るたびに、清光のことを思い出す。
吐き出された緑色の塊を、僕は確かに愛していた。ちゃんと清光が好きだったんだ。
あの時なにも言わずに強引に唇を奪っていれば、清光がガムを噛むことはなくなっていたのだろうか。
→あとがき