露の夢

□捌話 狂気の檻
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 慌ただしい物音に、やがて一期は目を覚ました。
 ふすまの隙間からぼやけた月光が降り注いでいる。まだ夜明けには遠い時間だと分かった。
 どうやら自分は、主の部屋で寝ていたらしい。だが、肝心の主はいなかった。体を起こそうとすると、途端に内股に引き攣れた痛みが走る。また手酷く抱かれたのかと呆れた。眠る前の記憶がなくどうして寝てしまったのか不思議に思っていたが、そういえば主が睡眠薬を手配してくれたことを思い出した。夢の中ではいつもと変わらず犯されていたのだが。
 散らかっている自分の服をかき集めて、着替える。腕が痛い。ぎしぎしと軋むような痛みを訴える腕に一期は顔をしかめるが、いつものことだった。
 それにしても、騒がしい。酒盛りでもしていたのかと気になるが、そんな気配はなかった。なにより外の空気が、殺気立っている。
 主の部屋から出て、探るように廊下を渡る。

「手入れ部屋の解放を!」
「資材はあるのか⁉」
「刀解して確保を……」
「待て、任務完了時の政府からの援助があるはずだ!」

 聞こえてくる声からして、夜戦部隊が帰ってきたのだと分かった。
 そういえば弟たちは無事だったのだろうか。ぼんやりする頭でそんなことを考える。出迎えに行ってあげなければ。今日の夜戦部隊には、確か……。
 とその時、一つの影が目の前を横切った。
 堀川国広だ。
 第二部隊の隊長であったはずの彼も、中傷を受けている。だくだくと腹から流れる血に、それでも堀川は構わず廊下を走り抜ける。一期は思わず「大丈夫ですか⁉」と声をかけた。
 資材を惜しまない主は、重傷の刀剣が出るまでは撤退はしない。だからこんな光景は幾分珍しくはないのだが、今日はまるで雰囲気が違った。
 堀川は一期には気付かなかったらしい。声を掛けられたところでようやく振り向いて、一期を見る。
 目が合うと、堀川はきゅっと悲しそうな顔をした。

「ごめんなさい、一期さん……」

 どうして出会い頭に謝罪されるのか、訳が分からず首を傾げる。
 おずおずと差し出されたその手に握られていたのは、二振りの刀だった。堀川のものなのか敵のものなのか、柄は血に濡れて黒ずんでいる。嫌な予感がしたと同時に、それが誰であるかすぐに理解した。
 五虎退と厚だ。
 二振りとも、根元から折れていた。
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