露の夢
□玖話 ひび割れ
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ようやく主から解放された一期は、ふらふらと部屋を出た。
今日は第一部隊の出陣の予定はない。遠征に向かっている第四部隊をのぞいて、非番の刀たちにはみな本丸の掃除が言い渡されていた。刀によって掃除する場所が違うらしく、一期含めた粟田口の面々は、粟田口の使う広間と一期の部屋、それから庭先の廊下掃除を任されていた。
早く行かないと、また遅刻だと指摘されてしまう。弟たちのがんばりも見てあげたいし、自分だけが手を抜くわけにもいかない。そう思い急ぎ足で廊下を歩きつつも、一期は主の部屋にいたころの罪悪感を引きずっていた。
「……一期一振。こんなところにいたのか?」
うつむいて歩いていたせいで、前から誰かが来ていたことがわからずにびっくりする。あわてて顔を上げると、目の前に長谷部がいた。出陣する時のカソックではなく、内番時のジャージ姿だ。
「あ……おはようございます」
「ああ。……先ほどすれ違ったときに挨拶しなかったか?」
言われて、一期は朝食の前に長谷部と会っていたのを思い出した。
「そ、そうでしたな」
苦笑しながらそう返すと、長谷部は顔をしかめる。
「どうかしたか? ここのところ、ぼんやりしていることが多いようだが。いつだったか、稽古場で寝ていたこともあったな?」
「え、えっと……大丈夫です。少々、寝ぼけていたようで」
不審がる長谷部に、一期は一瞬迷った挙句にそう言った。しかしそこにほんのわずかの間があったことに違和感を覚えたのか、長谷部は一期へと詰め寄る。
「近侍たるもの胸を張って歩け。主の威厳まで損なうつもりか」
冷酷な藤色の瞳が、一期を睨みつける。返す言葉もなかった。
「す、すみません……」
一期はうつむいた。けれどすぐに気を取り直して、長谷部へと向き直る。
「それで、なにかご用でしたかな?」
「ああ」
頷いて、長谷部は少しためらったあとでこう切り出した。
「最近、資材の減りが早い気がしてな」
その言葉で、一期ははっと思い当たった。
手入れ部屋の方に、一期はうしろめたい事情を抱えている。体につけられた主との痕跡を消すようにして、一期は毎夜手入れを施されていた。
しかしただ手入れと一口に行っても、だ。ほこりを払って整備するだけのような手入れもあれば、主にさんざん嬲られて裂傷ができた日には、それなりの時間を要することもある。日によってまちまちだが、微細な量でも積み重なっていけば膨大な数になる。
それこそ、こまめに資材を気にしている者なら、違和感に首を傾げるほどの。