露の夢

□拾話 下克上
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「長谷部ってさぁ」
「なんだ加州。用がないなら失せろ、仕事の邪魔だ」
「うん。いや、一期のこと、どう思う?」

 さらりと出てきた言葉に、長谷部は動かしていた手を初めて止めた。
 清光は長谷部の部屋にいる。長谷部の背中に自分の背中を預けて、それなりの邪魔をしていた。長谷部はというと、筆で紙になにかを書いている。一期が来て以来長谷部はしばらく暇を出されていたが、仕事を手にしていないと落ち着かないらしい。資材管理の案を出したのも、暇を持て余していたからこそ思い付いたことである。
 今はこれまでの戦況を把握するために、自分で紙に書き出していたところだ。手を止めた瞬間から筆先に溜まっていた墨がじわじわと滲むが、清光の方を振り返る長谷部は、まるでそれに気付いていない。

「どう、って」

 長谷部は動揺したような声を出した。

「だって、長谷部はこれでも主に対して一途じゃん。主は、俺が主のこと好きなのは知ってるけど、あんたって顔に出にくいもん。知らないところで嫉妬してたり?」
「そんなくだらないことするか、余計なお世話だ」

 話はそれだけかと言い切って、長谷部は前を向く。そこで墨がかなりの範囲を汚していたことに気付いて絶望的な顔をした。

「ふーん」
「クソッ……なにが言いたい?」

 前半の罵倒は墨に、それ以降は清光に対して苛立たしげぶつける。紙をくしゃくしゃに丸め、それで机にわずかについた墨を拭き取る。新しい紙を用意してようやく落ち着いたころに、清光は唇を開いた。
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