短篇集
□赤と白、君が笑う
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紅の散る中で、ことさら白い彼が言う。
「好きだ、愛してる」
そうして震えた声は喩えようもないほど爽やかで──寂しそうだった。
血に染まる赤子の手のような葉を蹴散らして、彼は私の先を行く。気を紛らわすだけのような情事のあとで、私は下半身の気だるさを引きずったまま彼の白いうなじを見ていた。そのうちに首筋がじくじくと疼く。傷付けることが好きで、傷付けられることにも興奮を覚える彼は、まるで手加減を知らないから困る。
彼は自分が血を浴びて赤くなっていく様が、なによりも興奮するそうだ。そのために彼は自ら血を流し、足りなければ他人の血も借りた。
それは私とて、例外ではない。
「あの……」
「ん、なんだい?」
「もう、こんなことやめましょう」
赤や黄色に染まる野の中で、私の言葉が響いた。楓の幹に見え隠れしていた、救い難き白が振り向く。なにを、とは具体的には言わなかったが、それだけで彼は理解したらしい。刃の切っ先のような眼差しは、私に怒りを伝えた。
「やめたっていいさ。君が、俺を救ってくれるなら」
聞こえてくる声は尖っていた。
「貴方を救うために、やめようと言っているのです」
「こりゃ驚いた。……俺に傷付けられるのは、嫌か?」
私は違うと首を振った。
「そのことに関しては、もう慣れております。何度も言いましたでしょう。そうではなくて、私は、貴方が私を抱き締める時に、とても切なそうな顔をするのが気になって」
「苦しいのが、興奮するんだ」
「でも、少し違います。やはりあなたは、どこかで苦しいことを嫌っているようだ」
「……。そんなに俺を救いたいか」
「はい」
「なら、一つだけしか方法はない」
彼は背を向ける。見えなくなってしまった顔に、私は眉を顰めた。
「どうすれば」
身長は私とそう変わりないのに、彼の体躯は酷く華奢である。そんな鶴丸国永に向かって、私は静かに問う。
私と同じ朝日色の瞳が、嬉しそうに笑っていた。
無数の赫が舞って、落ちて、彼の上に降りかかる。紅葉の中で、白い彼は笑う。本当にこれで彼が救われるのかという疑いの反面、少しだけ安心している自分がいた。
愛しい彼が望んだのは、私が彼を死なせることだった。死んでしまえば、彼が誰かを傷付けることはない。私もこれ以上、彼によって傷付くことはなくなる。
それが救いだと、彼は言ったのだ。
『──俺を、殺して』
ぐ、と首を絞める手に力がこもる。指が食い込んで、彼の細い喉仏が潰れた。
「……ちご、いちご……」
苦痛に顔を歪めながら、鶴丸殿は掠れた声で私の名前を呼んで笑う。死ぬ間際だというのに、それが一層興奮を誘うのか彼は勃起していた。痛いくらいに私の手首を握って、最後まで私を感じていたいのだと知った。
本当に、貴方って人は。
そう声に出したけれど、うまく言葉に出来たかはわからなかった。
視界がけぶり、ぼやけていく。やがて細くなっていく呼吸が絶える間際、彼は最期の想いをぽつりとこぼした。
「ぁいしてる、一期──」
ああ、私も、愛しております。
これで貴方が幸せなら、私は……。
日が沈むように瞳が光を失って、まぶたが緩やかに外との世界を切り離す。手首を握る手から力が抜ける。白百合のように色のない頬に、私の涙が降り落ちた。その瞬間、甲高い金属音がして彼の身はひび割れる。事切れた彼の眸はもう二度と、私を見ることはなかった。
さようなら、鶴丸殿。
白い亡骸を抱き締める。私が放った精を中に閉じ込めたまま、彼は果ててしまった。彼は私の一部と一緒に絶えたのかと思うと、愛しさと悲しみがぶつかりあった。それは涙になって、まだ温かい彼の上に落ちていく。
「鶴丸殿……私は、貴方の疵(きず)ごと愛していたかったんです。貴方が私を大事にしていることは百も承知です。そして、大事だからこそ私を傷付けたくないと思っていたのも……。お互い一緒に傷付いてもよかったのに、それでも私は、貴方に悲しい顔をさせたくなかった……」
赤い椛に埋もれた、汚れなき彼の上に独白が重なる。二人が一人になる。
そして一人は、ゼロになる。
『おはようございます、鶴丸殿』
──朝日色の瞳が、私を見て笑っていた。