短篇集

□箱庭
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 同田貫正国は激怒した。
 かの邪知暴虐の美術教師によって、居残りを命じられたからである。
 同田貫には美術がわからぬ。同じクラスの歌仙兼定や蜂須賀虎徹はなにぶん得意なようだが、同田貫にとってはさっぱりだった。
 同級生で仲の良い獅子王や御手杵なぞは、とっくのとうに帰っている。今頃コンビニでアイスでも食らっているところだろう。ぬぅ、と誰もいない美術室に残り、同田貫は頭を抱える。
 先程までは怒り心頭に発する勢いだったが、なにぶん教師が来るのが遅い。時間が経って最初の頃より落ち着いた同田貫は、頬杖を突いて待っていた。
 真夏の太陽は角度を変え、赤と橙のスペクトルに分かれた光が窓から落ちてくる。夕焼けの色は、絵の具で汚れた机を、色褪せたカーテンを、石膏たちの滑らかな胸元を、同田貫の頬を柔らかく染めた。
 やがて、ぺたぺたとスリッパの足音が聞こえてくる。廊下を曲がってやってくるそれに、うたた寝しかけていた同田貫ははっとした。頭を上げて、垂れそうになっていたよだれをじゅるっと吸い込む。それと同時に美術室のドアが開いて、教師が入ってきた。
 同田貫は姿勢を正す素振りすらなく、「遅ぇよ」とぶっきらぼうに挨拶をする。現れた男性教師は意味ありげににやと笑った。

「……なんだよ」
「ほぅ、居眠りの上に罵倒とは感心なことだね。ただでさえ作品の提出が君だけ遅れているというのに」
「なっ。……わかってるよ! だからってなんでこんな日に居残りさせるのかが理解出来ないがな」

 というのは、今日の放課後に職員会議があったのだ。
 この美術教師のやって来るのが遅れたのも、それが原因だった。先生たちが部活動を見てやれないために、安全面を考慮してか部活は全て休み。勉強するにしても、この時期はテストが終わったばかりである。残る生徒もまちまちだった。ほとんどは完全に下校している。
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