短篇集
□月と桜のナハティガル
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──ほう、ほけきょ。
春告鳥の鳴き声が、空へと優しく響き渡る。
その声を聞き、あるいは桜を見るたびに。
彼は、思い出すことがある。
庭を一望できる縁側に座して、一人の青年が茶を啜っていた。若葉色の髪を春風に揺らしながら、鶯丸はふうと息をつく。
鶯丸の視界に映る一本桜の巨木は、たっぷりと花を咲かせていた。
春の盛りを全身で表すように、薄紅色の花をもこもこと身に付けている。けれどそのそばから、枝を離れた花びらが吹雪のように舞った。
まるで惜しげもなく散らしていくその様は、儚くありながらも雄大である。
鶯丸は、それを縁側で見ていた。静かで落ちいた雰囲気の中、彼はじっと桜を見ている。
あの花びらは、どこに落ちるのだろう。小さな一枚の行方を追いかけているだけでも、全く飽きる気配がない。鶯丸はまさに時間を忘れて、咲き誇る桜を眺めていた。
ふと、鶯の鳴き声がした。鶯丸はぱちりと瞬きをして、その声に耳を澄ます。
ほう、ほけきょ。
また鳴き声が聞こえた。声を上げる鶯の姿は見えないが、きっと、あの桜の枝のどこかに止まっているのだろう。
「……春か。大包平も、君も。どこかで桜を見ているのかな」
そう言って、鶯丸は湯のみを傾ける。ずず、と茶を啜る音が鶯の鳴き声に混じった。