短篇集

□XYLITOL
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 清光がいつもガムを噛んでいることに気がついたのは、クラスメイトの中でもわりと早かったと自負している。
 いつも、清光は口をもぐもぐさせていた。
 休み時間も、帰るのを見かけた時も、授業中でさえ、先生にバレないようにこっそり噛んでいた。初めはなにを食べているのだろうと思った。それで気になって観察していたら、なんの変哲もないただの板ガムだった。
 馬鹿らしくなったと同時に、清光の噛んでいるものがガムだとわかった瞬間、少しだけ残念に思ったことを覚えている。
 僕が清光のことを視線で追っかけ回すようになって、清光が僕の視線に気がついたのも早かった。

「食べる?」

 わざわざ三つも離れた席からやってきて、清光は突然そう言った。手には、銀紙に包まれた板ガム。いつも清光が噛んでいるものだ。無自覚なまでに見つめていたことを知り、僕は赤面する。けれど清光は静かにガムを差し出して、僕が受け取るのを笑いながら待っていた。

「……どうも」

 断るのも悪かったし、なにより多分、清光は僕が物欲しそうにしているとでも思ったのだろう。お互いの矜持を傷付けないようにそれだけを言って、安っぽい板ガムを受け取った。どこにでもあるキシリトールガム。その場で口に含んで、咀嚼してみる。消しゴムみたいな食感に、人工の爽やかな甘みが口を占めた。

「おいしいね」

 心にもない言葉を吐いて、笑いかけて見せる。嘘ばかりの笑顔だって、きっと清光はわかっていたはずだ。
 それでも清光は、ガムを噛む僕を見て笑っていた。

「大和守安定」
「ん?」
「お前の名前。違う?」
「ああ。知ってたんだね」
「クラスメイトだし。あ、俺は」
「加州清光。でしょ?」
「……なに、知ってたんだ」

 ガムを噛みながら、僕たちはそろって吹き出した。ガムの甘みが馴染んで、少しだけ美味しいと思えた瞬間だった。

「お互いを知る前から、知ってたんだな」
「そうだね。……よろしく、清光」
「うん、よろしく。安定」

 それが、清光との初めての会話だ。




「どうしていつもガムを噛んでいるのさ」
「腹持ちがいいから」
「お腹、緩むよ」
「気にしたことない」
「でも、見ていてなにかお行儀が悪いよ」
「そうかな」

 僕たちは一緒に行動するようになって、清光にガムを噛む理由を尋ねてみた。けれどその問いはいつも、「清光はガムを噛むのが好きだから」という答えに回帰する。
 なんだかはぐらかされているとは思っていたけど、なぜはぐらかされているのか、どうしてはぐらかすのかもわからなかったから、しばらくは自分が出した答えに落ち着いていた。
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