友愛
□はじまり
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「……征十郎君てさ、友達いるの?」
「…………は?」
クラスメイトの苗字名前が急にそんなことを言うものだから、思わず抜けた声が出た。
「なんだい、急に」
「……征十郎君は誰にでも優しいし、頭もいいから頼りにされてるし、慕われてるし、女の子からも人気があるくせに男子にも嫌われてない。まさに完璧人間」
苗字は淡々と無表情に、無感情に言葉を連ねていく。そもそも彼女とまともに話したのはこれが初めてだ。いや、話の内容はまともと言えるようなものではないのだが。
「同級生よりかなり大人なくせして、話をする時はちゃんと相手に合わせた言葉を使うし、そのくせいい大人には意味わかんない言葉使い出すし。もちろん、その言葉が通じる人間か見極めて」
彼女はまだしゃべり続ける。彼女はこんなに饒舌だったかと普段クラス内の誰とも会話していない彼女を思い浮かべる。
「誰にでも、分け隔てなく接する。でも全部模範解答。相手を傷付けないように、相手に踏み込まないように、そんな感じで答えてる。ヘンな壁に覆われてるみたい。だから誰も、征十郎君に踏み込まない。そんなんじゃ友達できないと思って、だからいるのかなって思っただけ」
オレは目を丸くして、彼女を見つめた。そんなことを言う人間が周りにいなかったから驚いたのかもしれない。
オレとさして背の変わらない苗字は、オレのことをじっと、まるで睨むような、でもまっすぐな目で見つめていた。
オレは少しばかり、返答に窮した。確かにオレにはこれといった確固たる友人という存在は無かったからだ。
かといって目の前の苗字にもれっきとした友人がいるような素振りは普段無いが、実はいるのだろうか。
返答に困ったオレは、苗字に質問してみた。
「……友達の定義とは、何だろうか?」
オレの問いに苗字ははぁ、とため息を吐いた。
「だから友達ができないのよ。周りのガキ共はそんなこと考えずに、ただ波長が合うからとか趣味が同じだからとか、カンタンな理由でつるんでるの」
「……趣味、か」
「あんたの趣味は?」
「…………そうだな、強いて言えばバスケと将棋くらいか」
「そう。奇遇だね、将棋なら私も指せるよ」
彼女はそう言ってから、じゃあ機会があれば今度指しましょうと付け加えた。
「……では、君の友人の定義とは?」
「そんなの一緒にいたら心地よくて、沈黙であっても苦痛じゃない仲に決まってるでしょ」
彼女はオレの問いかけにさして動揺もせずにつらっと答えた。やはり友人がいるのだろうか。
「……そうか」
彼女はじっとオレを見つめてから、ふ、と軽く微笑んだ。
「思った以上の堅物だった。なんなら私が友達第一号になってあげてもいいよ。あんたのことよく分かってあげられるの、多分この学校で私だけだもん。それに偶然、征十郎君の趣味に付き合える訳だし」
「……第一号か。オレはまだ友人がいないとは言っていないが」
「何言ってんの? そんなの見てれば分かるから」
「…………そうか。君には、友人は?」
「いたらあんたになんて話し掛けてないって」
ははっ、と苗字は楽しそうに笑う。
「……私達、気が合うと思うんだけど?」
苗字は首を傾げてオレを見る。オレも観念したように、笑った。
「分かったよ。とりあえずこれから、君を将棋にでも誘おう」
「そう、ありがとう。じゃあよろしくね」
「よろしく、苗字」
彼女は呆れたように両手のひらを上に向けた。
「だから友達ができないのよ」
「……なにかまずかったか? 今の」
「普通子供は相手のこと下の名前で呼び合うのに、私でさえそれに合わせてるのに、征十郎君だけ苗字呼びだもん」
言われてみれば確かにそんな気がしないでも無かったが、いきなり全員のことを名前呼びにするかと思うと少し気が引けた。
その旨を苗字に伝えてみれば、彼女はまた呆れたような顔をした。
「なんのために私がいると思ってんの? いくらでも実験台にしてくれて構わないって」
オレは目を丸くして、目の前の彼女の名前をそっと口に出す。
「………………名前?」
「そ。それでいーの」
「ならば君も呼び捨てにしてくれて構わないが」
「……呼び捨てねぇ」
まあ征十郎君て長いしねぇ、と彼女は少し考えてから、オレを見た。
「……どーせならもっと略していい?」
「構わないが」
「じゃ、征で」
それからまたよろしく、と二人で言い合った。
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