短編集

□赤司くんとチョコ
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 正直、バレンタインなんていう行事に興味はなかった。なぜ男子が女子にチョコレートを貰った、貰えなかったで一喜一憂するのか訳が分からないし、女子もチョコレートをあげるのになぜ勇気を出すのかも分からなかった。
 ただ、一喜一憂ということについて言えば、憂鬱と言えば憂鬱だった。荷物は増えるし、女子に散々進路を塞がれるし、沢山の女の子の呼び出しを一人で回れるわけもないし。
 おまけにやたら思いの重い女も少なくない。いきなり飛び付いてきたり、彼女宣言されたり、自分の血や唾液や髪をチョコレートに混ぜたり、終いには付き合ってくれなきゃ飛び降りる、なんて騒ぎすら起きた。あれは説得するのに骨が折れたし、警察までやって来てしまった。まあなんとか丸め込んで、その後もう彼女の顔を見なくて済むよう手配したんだが。
 大事をとってチョコレートは食べないようにしている。全てがまともなチョコレートであれば、僕とて苦労はしないのだ。
 もうそんな時期か、と思わずため息が漏れた。日時を覚えているほど興味はないが、いざそうなれば面倒なものは面倒だった。

 こうして女子に囲まれて初めて、それを思い出すのだが。

「赤司君!!」

 女子達が輝いた目で僕を見つめている。口々に僕の名前を呼んでいるせいで一つの単語にエコーがかかっているようだ。
 僕はにこりと人の良さそうな笑顔を作り、彼女達をやんわりと制止する。

「すまない、次は移動授業があるんだ。通してもらえないかな」

 僕を囲んでいる女子全員に笑いかけてやって、女子達がぼんやりとしている間にさっさと横を通り過ぎた。一拍置いて悲鳴のような甲高い声が廊下に響き渡った。僕はうるささに眉を寄せながら足早に歩いた。





 苗字というクラスメイトの女子が話し掛けて来たのは、その授業が終わってからだった。

「赤司!」

 あまり話さない苗字に話し掛けられ驚いていると、ぽすんと胸元になにかを押し当てられた。目線を下ろしてみればそれはいかにもかわいらしく包装されたチョコレートのようだった。

「休憩時間じゃ渡すヒマ無いだろうから今渡しちゃうね」

 彼女は人懐こそうな笑顔を浮かべて、それじゃあハッピーバレンタイン、と言い残して、先に行っていた友人を追い掛けて行った。
 彼女……苗字は、元気で明るい女子だ。誰とでも話すし、僕にも物怖じしないで話し掛けてくる。どう見ても根っからの善人で、良く言えば素直、悪く言えば人に騙されやすそうな性格だった。

 ありがとう、とちいさな背中に声をかけると、彼女は振り返り、にっこりと笑って手を振った。




 次の時間は昼休みで、僕は学食では食べずに屋上に上がって持参した弁当を食した。いつもはある程度目を瞑る僕もさすがに今日ばかりは女子を避けたくなるのだ。

 久し振りに一人になってほっとしてから、かさりと苗字に貰ったちいさな包みを出した。かわいらしいリボンをするすると解いて中を覗けば、生チョコがいくつか入っていた。それを口に入れ咀嚼していると、カタン、と扉の開く音がした。
 女子かと少々身構えてそちらを見ると、そこには女子ではなく部活のチームメイトが立っていた。

「……千尋」

「げ、赤司……」

 露骨に嫌そうな顔をされたが、もちろん僕はそんなことでは怒らないので涼しい顔をしてやった。

 嫌そうな顔をしているくせに隣に腰掛け、ライトノベルを読み始める。

「……どっか行けよ」

「僕の方が先にいました」
「俺の場所だ」
「生徒に等しく使う権利が許可されているはずですが」

 わざとらしく敬語で対応してやると、チッと舌打ちをされてそっぽを向かれた。読書をしようとしたようだが僕がなぁ、と口を開く。

「好きな女子にチョコレートを貰ったんだが」

「……そりゃ良かったな」

「真面目に聞いてくれ。こんなことお前にしか言えないんだ」

「女子か」

 千尋は毒づきながらも興味はあるのかぱたんと本を閉じる。

「んで、好きなやつってあれか? 前に言ってた苗字とかいう、」
「名前を口に出すな、誰かに聞かれたらどうするんだっ」

「乙女か」
「うるさい」

「……んで? チョコ貰ったからなんだよ」

「バレンタインは好きな相手にチョコレートを贈るものだろう? だからつまり僕と彼女は両思い、と」

「……告られたのか?」

「いや、あまりにナチュラルに渡されて反応も出来なかった」

「そのナチュラルの中に告白の言葉は?」

「…………………………ハッピーバレンタイン?」

「アホか」

「なんだとお前」



「……そりゃ多分、義理じゃねえの?」


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